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2012年5月27日 - 2012年6月2日の1件の記事

2012年5月27日 (日)

残酷な天使たち

この数日、北九州の「がれき」受け入れ反対騒動、お笑い芸人の河本準一さんをめぐる「親の生活保護」問題が話題になっている。Twitterを眺めている(自分では一切つぶやきませんが)と賛否両論いろいろあるのだが、私の印象をいえば、「嫌な世の中だなぁ」の一言につきる。

「がれき(被災財)」については前にも書いたことがあるし、すでにあちこちで多くの人が持論を展開している。私が何か新しい情報を付け加えられるわけでもないから、「反対騒動」自体には冷淡に、無視を決めこみつつ、自分の居住地域での広域処理について議論になった場合に積極的に賛成を表明するだけでいいんじゃないかと思うようになっている。

いまだに「東北のがれき」=「放射性廃棄物」ととらえているような人は、もう真剣に相手にする必要はない。微量の放射性物質が、この世のほとんどのものに含まれていること、それが原発事故以前からそうであったことは、この1年自分なりに勉強してきた人はみんな知っている。放射性カリウム等の「自然放射能」とセシウム等の「人工放射能」の影響が原則的に変わらないことも、もう分かっている。要は「量」の問題なわけで、東北(岩手や宮城)の「がれき」を広域処理したとして、その影響が無視できるレベルであることは間違いない。

北九州市環境局の出している「災害廃棄物の受入検討に関するQ&A」は、大変よくできている。こういったものがあることを無視して、「市は市民に説明責任を果たしていない」とするのは、ちゃんちゃらおかしい。http://www.city.kitakyushu.lg.jp/files/000113236.pdf

100Bq/kgって、部位を無視して単純化すれば、健康な人体と同じぐらいですよ。(注1)こういうことを、私たちは1年前まで全然知らずにきたわけだ。それは、知る必要を感じていなかったためなんだろうが、同時に、放射能について非理性的に怖れ続けてきたことも関係していそうに思う。

7年前に、ちょっとしたエッセイを寄稿したことがある。幼少期に原爆写真を見せられた後の印象を綴ったものだが、今から見ると何も分かっておらず、子供時代に受けた教育を完全に真に受けていた様子がはっきりする。「反戦」「平和」が正しいことは間違いないと思うけれど、「戦争になると、こんな恐いことがあるよ」とか「核兵器はこんなに怖いものなんだよ」といった「脅し」を、度を超えてナイーブだった少年が相対化するには時間がかかった。http://www1.odn.ne.jp/~cal16920/JN57-SIRAI.HTM

私の放射能に対する意識は、ずっとこの延長線上にあり、生理的な拒否反応が先に立つ場合が多かったように思う。そもそも、私を恐れさせた原爆被害者の写真(皮膚が溶け、変形している)は、強烈な熱線による火傷であったわけだが、このイメージのみが先行すると、「放射線被害による奇形」などといった伝説を受け入れる素地になりうる。実際、子供の頃の私は、「強い放射線を浴びるとああなってしまう」「その影響は何代も続く」と信じていた。だからなんとなく、広島や長崎に行くのが怖かった。今になって思うと、被爆二世や三世に対する同情とない交ぜになった差別意識を、無意識に保持していたともいえる。

だから、私は「がれき」受け入れに反対する連中を笑えないのだが、といってその様子を認めるべきではないと思っている。これまでは顕在化しなかった非理性的な放射能忌避の悪影響が明らかとなり、それによって多大な迷惑を被っている人々がいる以上、反対派への共感は厳に慎まねばならない。そして、現在反対運動を先導する人や団体に対しては、その経緯や目的を問わず、一切信用しないという立場をとりたい。

「がれき」の広域処理は、反原発や脱原発と矛盾しないし、そもそも全くの別問題である。それが放射能への忌避を介在させることで、「運動」を大規模化させる名目になる。福島の復興、現状についても、「反」や「脱」とは分けて語るべきなのだが、しばしばそうなっていない。つまり、一定数の運動家は、目的のために「恐怖」を用い、「がれき」や福島県民の生活を利用しようとしているように見える。中には、「革命」こそが主目的という人々も混在しているようであり、彼らにとっては「復興」などは「どうでもいい」ことなのだろう。戦後の混乱に乗じて、一気に政府転覆を実現しようとしたかつての急進的コミュニストと、同じ理屈ではないか。

一番の問題は、そういった策動に踊らされてしまう人々が、少なからずいるということだ。ことは放射能に限らない。冒頭で触れた生活保護の話題についても、河本さんに批判的な論調が多いが、これとても、どこか似た原則から出発しているように思えるのだ。

母親の生活保護をネタにしてしまったことは、河本さんの落ち度であるとしても、本件の問題はそれ以上のものでないはずだ。そもそも、芸人が自身の生い立ちや家族の問題を自虐ネタに使うことに、目くじらを立てること自体がおかしいようにも思うのだが。(注2)

日本にも「貧困」はあり、それは声の大きな人々の眼に見えないところに存在している。生活保護費の不正受給については縷々語られてもいるが、それを声を大にして批判する人々の立ち位置が、私にはどうも理解できない。なんだか、生活保護者=「怠け者」というような意識が根強く存在するような気がする。

私たちだって、明日は我が身なんだという意識は持っておくべきじゃなかろうか。病気や災害等々によって、働けなくなることは、誰にでも有り得ることだ。その時であっても、「最低限の文化的生活」を営む権利が私たちにはある。しかし、どうにもその「最低限度の生活」を享受することを躊躇させるような雰囲気がある。それを醸成しているのが、彼らに「怠け者」のレッテルをはりたがる「世間の眼」だ。

少し前にも、障害者の妹と暮らす姉が病気になり、二人して餓死したニュースが報道された。かつて生活保護を勧められても、それを断ったということだったが、彼女が断らざるをえない雰囲気、生活保護を受給することを当然の権利だと考えられない何かが、そこにはあったのだと思う。

河本さんのケースは、貧困から出発してスターダムにのし上がったわけで、極めて稀な例と考えるべきである。親の援助を一切期待できない状況で、社会的成功をおさめるのは、現状では大変難しい。芸能界はその数少ない可能性を提供しているといえるかもしれないが、そこで成功する可能性の少なさは、私たちの想像を超えている。

仮に、本人のモラルといった範疇を超えて、三親等の扶養義務をもっと徹底するなら、貧困からの脱却は今後一層難しくなる。親の貧困は子に受け継がれ、子の成功可能性は常に制限されることになる。だから、社会福祉事務所マターで日々行われている業務に対して、現実を見ていない私たちが必要以上に口をだすべきではないのではないか。特に、今回の河本さんの例を一般化し、生活保護制度全般について見直そうという動きが起き始めていることについて、私は危機感を持つ。

「不正受給」を問題にするなら、生活保護からの脱却を支援する現実的な制度設計こそが必要なはずだ。すでに生活保護費を前提として営まれている生計を、それなしでも十分やっていけるようにしていくサポートが十分であるかどうか(どういう方法が有効か、個々のケースごとに細やかに考える必要があろう)を問題にすべきじゃないのか。そちらの方の検討に力を注がず、稀な例をもとに生活保護全般を考えるのは、あまりに無茶だ。

何が言いたいかというと、貧困から脱出し得た数少ない例を、今回のように批判的にとりあげることの負の影響を、私たちはもっと考えていいということだ。社会福祉事務所と相談して、問題ない範囲内で受給していたのであれば、何ら責められるべきではないし、仮に「不正」と認定されたとしても、個人的に粛々と対応すれば事は済む。全国民を前に、河本さんが泣きながら謝罪する必要などなかった。

ただし、芸能人は人気商売であり、その意味で立場が弱い。プライベートなことが殊更大きくとり上げられ、一般人には必要のない謝罪をせざるをえないケースが多々ある。だから、「いつものこと」とは言えなくもないのだが、何より気になったのは、これを国会でとり上げた世耕議員や片山議員だ。芸能人という「弱い」立場の人物を、スケープゴートにしているように思えてならない。(注3)

そしてネット上では、「河本けしからん」の論調が巻き起こる。さらには、河本氏の出生をめぐって憶測が飛び交い、民族差別と結びつけた暴言まで飛び出す始末……。そういった人々も、自分は「善人」のつもりでいる。自分にはやましいところがなく、「不正」を糾弾する資格があると考えている。糾弾される側、差別される側にいる自分を一瞬でも想像できれば、様子は変わってくると思うのだが。

つくづく、嫌な世の中だなぁと思う。

(注1)「人体はおよそ6,000-7,000 Bqの放射能をもつ。これは主に人体に含まれるカリウム40や炭素14という放射性物質によるものである。」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E8%83%BD

(注2)河本さんが母親のことをしばしばネタにしていたことはあったけれど、生活保護云々をどこで語ったのかは不明。この事実自体要確認。いずれにしろ、私は今回の彼へのバッシングは不当もしくは過剰だと思う。

(注2)それで、彼らの目的は社会福祉財源を浮かそうってことじゃないかな。これまで国が支出していたかなりの部分を家庭や親族の責任に帰してしまおうという意図がありそう。その場合も、「福祉財源を削る」ってことを自分の主張として訴えるのではなく、河本さんを利用して(彼を悪者のように印象づけて)世論を誘導しようというのは、なんだかなぁ……政治家も「人気商売」だからね、芸能人と違って決して「弱者」ではないけれど。

 

 

【5/28追記】注をつけました。

【5/28追記2】生活保護問題対策全国会議と全国生活保護裁判連絡会が、連名で緊急声明を出した。報道の問題、世耕・片山両議員の主張の背景、小宮山厚労大臣答弁の危険性など、ここにおける指摘は適切であると思う。https://skydrive.live.com/?cid=3275c9db8e03fd84&resid=3275C9DB8E03FD84!118&id=3275C9DB8E03FD84%21118

【5/29追記】文中、なんと「岩手」とすべきところが「秋田」となっていた(!)。まったくもってお恥ずかしい限り。あと、人体の放射能含有量について、注を追加しました。

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