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2012年3月11日 (日)

震災一年(被災財について)

震災から1年。すでに各所でとり上げられているが、東北の被災財(いわゆる「がれき」)受け入れについて、相変わらず反対の動きがあるようだ。その理路が、私には全く理解できない。言葉は悪いけれど、あまりに浅薄ではないかと思う。

これについて、実に的確な指摘をしているブログを見つけた。http://blogs.yahoo.co.jp/tiger1tiger2stiger/36784740.html

震災、あるいは原発関連の記事を除き、ブログ主氏はいささか「国士」然とした御方のようで、中国屋としてはどうしても首肯しかねる主張も見受けられるが、この指摘には100%賛同する。

〈以下引用〉

【Q1】貴方らが貴方らの地域での震災がれき処理に反対するのは、震災がれきに含有される放射性物質によるリスクを恐れるが故である。【Yes or No ?】

【Q2】被災地外で処理される震災がれきが放射性物質によるリスクをもたらすならば、今だ震災がれきが山積している被災地はそれ以上の放射性物質リスクに曝されている。【Yes or No ?】

【Q3】上記【Q2】の答えがYesならば、貴方は「被災地は東日本大震災とその後の津波による被害に加え、震災がれきによる放射能リスクも甘受するのが当然だ」と考えている。【Yes or No ?】

【Q4】上記【Q2】の答えがNoならば、貴方は「被災地の被災民には放射能耐性があるので、震災がれきの放射能に曝されてもリスクとはならない。」と考えている。【Yes or No ?】

〈引用終わり〉

この「Q1」~「Q3」の全て、あるいは「Q1」と「Q4」に「Yes」でない限り、東北の被災財受け入れを拒否する理由はないなずだ。そして、自分たちの反対運動が「Q3」と「Q4」のいずれかに「Yes」と回答しているに等しいことを、彼ら(反対者たち)は自覚すべきであろう。【注1】

そもそも、「Q1」に「Yes」である時点で、その人たちとは議論の余地があまりない。放射線量の高い被災財が他地域に運搬されることのないよう対策がとられ、何重にもチェックがされる(先日は希望者による線量測定も受け入れていた)。にもかかわらず「汚染」を疑い、「信用できない」というのなら、彼らを説得できる可能性は低いといわざるをえない。政府や自治体が懇切丁寧に説明したところで、はなから聴く耳を持っていないのだ。

少し前には、焼肉店を経営する芸人たむらけんじ氏の「受け入れ賛成」意見に関して、言いがかりとしか言いようのない非難が寄せられたそうだ。http://togetter.com/li/265213

もうね、バカじゃないかと。

前にも述べたけれど、「安全」と「安心」は同義語ではない。政府や自治体が責任を持つのは「安全」についてであって、衣食住、経済基盤、社会生活上の「安全」が客観的には確保されている状況下で「安心」できないのは、すでに個人の問題ではないのか。「不安」であること自体は何ら責められることではないけれど、そこから脱却したいのであれば、個々人の努力が求められるはずである。その際には、自身の適応努力がメインであるべきだろう。一切の適応を拒否して他責的な物言いに終始するなら、単なるクレーマーと変わらない。

「政府が嘘をついていて、『がれき』には高濃度の汚染があるはず」という科学的根拠のない思い込みが、津波被災地の復興の足を引っぱっている。思い込みに非科学的な根拠を与える連中に対しては、国や東電に対するのと同程度の批判を加えるべきではないだろうか。原発事故後、放射能汚染の危険性を過度に強調した人々の中には、自分の主張の正しさに固執し、何が何でも危なくなくては困る人がいるようだ。

脱原発と東北の復興が両立しないと考える人々もいる。彼らにとって、東北はもとより東日本全体は「高レベル汚染地帯」らしく、「人の住めない場所」なのだから、「逃げないのは誤り」ということらしい。実際に、東京や神奈川から西日本や沖縄に移住した人々もいるようだ。そのうちの一定数が、被災財受け入れ反対運動に加わっている気配がある。この人たちもまた、移住という自らの選択が正しかったことを、事後的に証明しようとしているように見える。

原発容認派は当然としても、脱原発派こそ、こういった人々と袂を分かつべきだろう。1年前まで、反原発運動に携わる人々は多数派ではなかったから、自分たちの思想に賛同してくれる人々を大切にし、自派内での分裂をできるだけ避けようという傾向があったのではないかと想像する。そして、国や電力会社や、利権にまみれた政治家や学者をただただ批判していればよかった。しかし、そんな時期は過ぎ去ったのだ。

以前は、地道に反対運動を続けても、国のエネルギー政策が転換される可能性は低く、だから運動は無邪気な「反対のための反対」でもよかった。しかし、もうその段階ではない。震災と原発事故から1年で、最も変化を迫られたのは反原発運動だったのではないか。まだ遅くはないと思いたいが、少なくとも彼らはその努力を怠り、逆に原発事故を追い風として、自分たちの主張を一気に実現しようとしただけのように思えてしまう。これではダメだ。

昨年の夏前にも書いたが、日本の原発は再起動を幾度か経験するとしても、新規建設はありえないだろう。急進的な運動家からすれば「あんな事故があったのにこの程度か」と思われる変化であっても、日本国内は漸進的脱原発にすでに向かっている。だから、運動は空想的、迷信的、情緒的であってはならない。少数の運動ではなく、日本で暮らす全ての人々の生活をどうするかについて、責任を負っている。微に入り細を穿った想像力を働かせて、将来の日本を構想できるかどうかが鍵になろう。

「あちらを立てれば、こちらが立たず」といった状況下で、落としどころを求め、コンセンサスを得た上で決断するという「大人」の議論(政治)ができるかどうか。「子供」は、それを汚らしいといって嫌うだろう。嫌うのは自由だが、「子供」には責任ある立場を任せるわけにいかないのだ。

被災財受け入れで反対運動が起き、それに反原発論者が加わっているらしいこと自体が、彼らの未熟さをはしなくも露呈してしまっているように思えてならない。

原発の話が多くなったが、今日はまず何よりも地震と津波によって多くの人命が失われた日である。直接の被災を免れた私たちも、午後の一時、静かに目を閉じて、失われた命一つ一つの背景にあったはずの思いを、自分に置き換えて想像してみたい。

 

【注1】 「Q1」から「Q4」の全てに「Yes」でない限り……としてあったのを修正。「Q2」の回答が「Yes」か「No」かで「Q3」以降の回答が変わってくるわけで、もとの文は意味不明だった。(3/18)

【追記】 こういうことを言うのもいるらしい。なお、合わせてコメント欄も読んだ方がいい。http://togetter.com/li/259723

【追記2】 環境リスク学の中西準子氏が次のように述べている。大変に穏当。「運動」の負の影響だけでなく、こっちからも考える必要があるのだな。http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak581_585.html#zakkan581

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