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2011年7月17日 - 2011年7月23日の2件の記事

2011年7月19日 (火)

大鍋飯

最近使われることは少ないが、中国語に「大鍋飯」(Da guo fan)という言葉がある。文字通り「大きな鍋で炊いた飯」の意味だが、一般に悪しき平均主義のことを指す。

イメージとしては、社会活動(生産労働から家庭生活まで)の一切を共同化した人民公社がわかりやすい。1950年代末、労働点数(どれだけ働いたか)によって食料や現金が分配される制度が廃止され、自留地(農家が各自の裁量で経営する土地)はとり上げられた。各戸が余剰生産物を売買することも禁じられ、人々は「労働すればその分豊かになる」というインセンティブを失う。その一方、人民公社には食堂が設けられ、そこでは誰もが平等に食事を供された。働いても働かなくても飯にありつけるということになり、「余計に働くのは馬鹿らしい」という考え方に与する者が増加した。

「なぜ人は働くのか」という、根本的な命題とも関係する話である。余程の財産でもない限り、生活するためには誰しも労働せねばならない。通常、労働は苦しいものとされており、苦しさの対価として報酬を受け取る(ということになっている)。ただし、最低限の報酬が約束されていて、かつ「やりがい」が感じられれば、人は喜んで一定以上の労働をするものだという考え方もある。実際、給与の増加に直結しないオーバーアチーブに、嬉々として参与する人々は少なくない。

今よりもっと快適な生活がしたい、贅沢がしたいといった「物質欲」以外にも、人を労働に駆り立てる「しくみ」はあるはずで、働くこと自体の面白さを無視すべきではないと思う。それでも、向上心を抑圧されれば、「やりがい」は生まれない。社会主義中国の最大の失敗の一つは、「人は本来的に労働を楽しむものだ」という前提が一人歩きして、「やりがい」を生む仕組みを理解しなかった点にあるような気がする。

さて、中国ではこの「大鍋飯」の仕組みは崩壊し、格差社会が再来している。そもそも中国は伝統的に格差の大きい国であった。貧しい者がのし上がり、豊かになる手立ては限られており、「貧乏人の子は貧乏人」というのが一般的だった。だからこそ、地主から自作地を除く土地を没収して貧農や雇農に分配し(土地改革)、それをさらに集団化することで生産高を維持しようとした。大きすぎる格差を是正するために平均化が進められ、平均化徹底の弊害が「大鍋飯」となり、国力の甚だしい停滞を招く。それを改善するために市場経済が導入され、国力は増大したが、格差はかつてないほど増大している。

日本の25倍の国土に、10倍の国民が住む中国の舵取りが、とんでもなく難しいことは事実であり、単純に比較はできないのだが、「一億総中流」と呼ばれた戦後の日本が、奇跡的な状況にあったことは事実である。もちろん、日本にも「貧困」はあり、今「やりがい」を感じることのできる仕事に従事する人々の割合も大きいとは言えまい。それでも、餓死することが極めて稀で、治安は良く、国民のほぼ全員が中等教育を受け、医療制度が整い……世界にも珍しいほど「住み良い国」でありつづけてきたことは間違いあるまい。

だから、ほとんどの日本人は「なんとなく」生きることができた。政治不信が言われて久しいとは言え、とりあえず政治家に国のことをまかせていれば大丈夫だろうという安心があった。マスコミ批判を言うのも一部の人々だけで、大多数の国民は特定の新聞を一紙購読し続け、自分の考えがマジョリティに属すことを確認して安堵した。選挙になれば、職場や町会や家族の意向を汲んで、自民党に投票しておけば間違いないとされた。

自分の身を自分で守らなくてもよく、いざとなれば国がなんとかしてくれるだろうと、多くの日本人が漠然と信じていた。だから、自分の頭で善悪を判断することは必要なく、事を荒立てずに集団に埋没していることこそが重要だった。

こんな国民がほかにあるだろうか。仮にあったとして、多くの場合それは「あきらめ」からそうしているのであり、政府には絶対に頼れず、自分の力で苦しい現実から抜け出す術が断たれているために、無気力状態におかれているに過ぎない。日本人はそうではない。はじめから個人がリスクを引き受ける必要はなく、自分の意見を持たず(持ったとしても主張せず)、集団に埋没して「なんとなく」生きることがベストの選択であった。他の選択肢があるにも関わらず、「なんとなく」生きることが最上の方法だったのである。

中国人は全く違う。彼らはそもそも政府を信用しない。困ったことがあっても公的機関に届け出ることは少ない。役所が助けてくれることを期待しておらず、実際にコネもない一般人の陳情をとり上げてくれるところはない。彼らが重視するのは、家族であり、友人であり、友人の友人である。いざという時に助けてくれるのは自らが属す人的ネットワーク以外にないことを彼らは知っている。だから、友人に迷惑をかけることを避けない代わりに、友人を援助することに積極的である。そういった恩の贈り合いによって、ネットワークがより強化されていく(日本人は、しばしば中国人からの要求に応じるのみで、こちらからあれこれ頼むことをしないため、「中国人は礼儀知らずだ」と誤解しがちだ。こちらも遠慮せずにあれこれ迷惑をかければ「お互い様」になり、関係は密になる)。

3月の震災直後、帰国する外国人が空港に殺到した。帰国勧告が出された国は当然としても、中国人が多かった原因の一つには、彼らがもともと国やマスコミを信用していないことが挙げられる。もちろん、外国人は情報弱者であり、海外で本格的な混乱や動乱に遭遇したら、本国人とは比較にならない危険を伴うことが多く、そのことを彼らは皮膚感覚で知っているのだろう。また、母国にいる家族から懇願されれば、彼らは拒絶できない(家族は何より大切なのだ)。

彼らの多くは20~30代の若者であり、80年代や90年代に生まれた一人っ子世代だった。一般的に友達付き合いが希薄で、ネットを介さないリアルな人付き合い自体を苦手とする傾向があるとされる。それでも、故郷を離れて生活する際には同郷人、それが得られなければ中国人のネットワークに所属するようになる。一人でも生きていけると考えるのは幻想であり、国や役所が助けにならないことを知っている彼らにとって、それは常識だ。

多くの中国人が再び日本に戻ってくるようになりつつあるが、それもネットワークを通じて情報を集め、親族の理解を取りつけたからである。中国政府が「日本は安全」と言ったところであまり意味はなく、マスコミで報道される内容も話半分でしか受け取らない。他人事であれば別だが、自分や友人と直接関係する案件について、彼らの情報リテラシーは決して低くない。自分(たち)の身は自分(たち)で守るというスタンスが徹底されているのだ。

ひるがえって、日本人はどうか。戦後長期にわたって、日本社会は例外的に安定していた(景気の変動はあったが、社会システム自体の動揺はきわめて小規模だった)。そうした中で、人々の「やりがい」を阻碍しない程度の「大鍋飯」が日本社会に実現したとはいえまいか。「大鍋飯」を「親方日の丸」と言い換えれば、理解しやすいかもしれない(ちょっとニュアンスが変わってしまうが)。別に公務員や旧国営企業社員だけでなく、多くの日本人は「なんとなく」生きていても死ぬような目にはあわずにすんだ。いざという時には、国や公共機関が助けてくれるはずだと考えていた。

今次の震災と原発事故でも、一次被災をまぬがれた日本人は、当初比較的落ち着いていた。海外の報道がそれを高く評価していたのは記憶に新しい。それは日本人の政府やマスコミに対する信用が、かなり高かったことも影響していよう。しかし、政府は情報操作をするのが当たり前だし、マスコミの伝える事実が常に「真実」とは限らないことも当たり前である。それは彼らが「あくどい」のではなく、そもそもそういうものなのである。要は程度の問題であって、明らかな欺瞞が露見しない限り、それは許されてしまうものなのだ。

震災と原発事故は、あれこれ文句は言いつつ最終的には政府やマスコミを信じていた戦後の日本人が、はじめて根源的な疑いを抱くきっかけとなった。「なんとなく」生活することができていた私たちにとって、情報を集めて分析し、自分の頭で考え、自分の身を自分で守ることは、非常に骨の折れる作業である。しかし日本以外の多くの国の人々にとっては当たり前の、日常的茶飯事なのだ。急に大変な作業を押しつけられて腹を立てるのはみっともない。「大鍋」の「飯」を食べ慣れていたことを反省すべきなのだ。

私たちは今、付け焼き刃でサヴァイバル術を身につけつつある。情報や科学のリテラシーを自家薬籠中のものとするには、まだまだ修行が足りないのもやむを得まい。それにしても、私たちの「安心」を担保していた「大鍋」の底に穴があき、溶解した核燃料を外部に流出させてはじめて、一人で生きられるなど幻想だということ、自分(たち)の身は自分(たち)で守るべきことを知った。皮肉なことだ。

断絶より継続の方が圧倒的に多いため、はっきりと「画期」などと言えそうにないが、麗しき戦後が終わってしまったことは確かなのだろう。私たちは実感を持ってそれを目撃した。国は信用できず、日本人が「なんとなく」生きることは難しくなりつつある。国民には成長と成熟が求められるはずだ。今がチャンスなどと言うつもりはないが、日本人にはいずれ必要なミッションであったことも事実であろう。

〔追記〕「自分の身は自分で守る」ということを述べたが、それはいわゆる「自己責任」ということとは違う。しばらく前に、しきりと持ち出された「自己責任」という言葉は、当事者にのみ責任を押しつけ、部外者の道義的責任や、国や地方自治体の保護責任を免じるというニュアンスがあったように思う。それは本末転倒であって、国や自治体のみならず、部外者も当事者に対する関心を持ち続けることは、今後いっそう必要となろう。「自分の身を自分で守る」という構えにおいて、様々な社会問題を国任せにすることは許されない。他者への同情と、他者の不幸にも道義的責任を感じることが重要であり、「人は一人で生きられない」という実感なしに「自己責任」を主張するのは、「無縁社会」を認めるに等しい。それは日本人の「成長と成熟」を阻碍することにもなろう。

2011年7月18日 (月)

「調和」と中国製品

中国の新幹線が話題になっている。日本の技術を導入しておきながら、それを中国オリジナルと主張していることや、さらには特許を申請するとか、故障続きだとか、いかにも中国らしいと言われてしまいそうな事例であるが、日本での話題にされようは、数年前に話題になった遊園地の事例の焼き直しと言えなくもない。

ディズニーキャラクターや日本のアニメキャラを劣化させたような着ぐるみやオブジェが満載だった「石景山遊楽園」が話題になったのは、4年ほど前だった。中国製餃子に毒物が混入した騒動(毒餃子事件)もほぼ同時期のことで、ほかにも「段ボール肉まん」だとか「人工鶏卵」だとか、奇妙な案件が日本のワイドショーを賑わした。

中国の生産者の一定数が倫理的に未成熟であることは、十分に批判していい。実際、多くの中国人富裕層が国産品(中国製)を歓迎しておらず、外国製品を購入できない一般消費者にも困惑が広がっていることも、不誠実な生産者を許してはならない根拠となりうる。また、良貨が悪貨を駆逐する流れを作ることが、結果的に中国の市場にとっても有益であろう。単に健全な経済活動のためというだけでなく、特に食品と公共交通機関においては、消費者や利用者の生命と直結するだけに、悪貨は徹底的に排除されねばならない。

そうした前提に立った上で、私にはいくつか気になる点がある。そのうちいくつかは、中国に好意的な人々がしばしば口にする理屈と重なる。まずは、「日本もかつてそうだった」ということである。いまや世界のトップレベルにある日本の精密工業製品を例にとっても、海外製品の徹底的な模倣から出発しており、そのあたりのことはクラシックカメラあたりに詳しい人々には常識の範囲であろう。

ただし、ニコンやキヤノンの初代レンジファインダーカメラが、コンタックスやライカのコピーであったとしても、日本の技術者は創意工夫を忘れなかった。本家を上回る製品を常に目指した結果、ついには本家を凌駕するブランドとなった。日本発のクォーツ時計がスイスの機械式時計と対抗し、日本車が欧米の車を押し返したことの背景にも、日本の生産者と技術者が、頑固な職人気質を捨てず、コストを削る際にも性能を犠牲にしなかったことが関係していよう。

一方で、しばしば話題になる中国製品においては、「安かろう悪かろう」が徹底されている。コスト削減で犠牲になるのは性能であったり安全性であったり、デザインや製品開発であったり、しばしば商品そのものの最も誇るべき価値がないがしろにされる。既存の製品を乗り越えるためには、当然徹底的な研究が必要であり、その途上でコピーを経験する必要はあろう。そういった発展途上の努力が見られないことが、どうにも情けない印象を与えるのである。

しかし、仮に発展途上における努力の結果であったにしても、今やそれすら許されない状況ではある。たとえば、日本製カメラがドイツ製カメラに及ばない状況下で、ライカやコンタックスを買えない人がニコンやキヤノンを買うという、次善の選択としてのコピー商品というのも、かつては一定程度許されていたように思う(法的な根拠を言い出すと怪しいが)。しかし、メディアの発達や人的移動の活発化、知的財産権保護の考え方が広く行き渡った結果、他社のコピー段階の製品を、特許料を支払わずに生産し、販売することは、今では厳密に取り締まられる。そこに国内向けだからという甘えは許されない。技術開発やデザインのノウハウが蓄積されていない「後進国」が、いわゆる「先進国」に追いつき、乗り越えることが、殊の外困難な状況にあることは事実であろう。

中国が「後進国」に甘んじてきた理由としては、人民共和国成立後の悪平等の徹底がある。物質的な豊かさを追い求めることはタブーとされ、イノベーションは反逆と同義ですらあった。しかし、19世紀後半から20世紀前半までの戦乱(列強の侵攻、軍閥割拠、国内統一の困難、日中戦争、国共内戦)により、産業の安定的発展がかなわなかったことも事実であり、必ずしも「自業自得」などと言って切り捨てるべきではない。

多くの「後進国」が、いわゆる「先進国」の侵略と植民の影響を受けたことは事実であり、「先進国」側が道義的責任を感じることもある意味当然ではある。環境問題等を含め、「後進国」側に一定程度の「温情措置」を講じることはやむをえない。日本も、ODAをはじめとする援助を続けてきたが(それが単純な「善意」や「温情」、はたまた「謝罪」などではなかったとしても)、日本人として意義あることと理解すべきであろう。

ところが、中国は強くなった。GDPでは日本を抜き、世界第二位である。一方で、今回の震災と原発事故により、日本の国力は凋落が予想される。こういうことを言うと語弊はあるだろうが、日本は戦後の経済発展により、かつて軍事力によっては実現し得なかった「アジアの盟主」としての地位を手に入れた。エコノミックアニマルと揶揄されようと、日本人は内心日本人であることにプライドを感じることができていた。そのプライドが揺らぎつつあることと、近年の中国に対する見方の間にはなにがしかの関係があるのではないだろうか。

毒餃子や遊園地が話題になった2007年時点では、日本はまだ世界第二位の経済大国としての地位は維持していたが、中国がすぐ後ろに迫ってくるのをひしひしと感じ、近い将来に追い越されるだろうことが明らかになりつつあった。私たちが隣国中国に対し、時には腹を立て、時には指をさして笑ってきた背景に、脅かされつつあるプライドが無意識の策動をしていた事実を認めることは、必ずしも的外れではないように思う。

だからといって、最近話題の北京上海間高速鉄道(新幹線)の特許申請を認めるべきだというつもりはない。むしろ皮肉だと感じるのは、中国新幹線の名称が「和諧号」ということである。「和諧」は「調和」を意味し、胡錦濤体制の最大の目標の一つとされている。

1970年代末から「社会主義市場経済」が提唱された。およそ30年にわたって徹底された完全平等主義を改め、いわゆる「先富論」が唱えられた。「先に豊かになる者がいても、最終的に国全体が豊かになればよい」という鄧小平の主張は、あの時点では理にかなったものであったと思うが、そこにはやはり、社会主義的な理想が含まれていたというべきだろう。なぜなら、「先に豊かになった者」は「いまだ貧しい者」に配慮するのが当然と考えられたからである。

結果どうなったか。貧富の差は日に日に増大し、数パーセントの富裕層が九割近くの富を独占している。地域格差、都市住民と農民の格差も極めて大きく、最低限の文化的・衛生的な生活を望めない人々が相当数いる。投資目的で購入され、事実上の空き家になっているマンションが乱立する一方、多くの市民が住宅難にあえぐ。都市中心部のマンションの価格は1億円を超えるが、大卒者であっても初任給が3万円程度であることがしばしばだ。

一般民衆の不満は爆発寸前だが、かといって経済発展をやめることはできない。回っている独楽は、回し続けねば倒れてしまう。市場経済を導入したことにより、他の国々と同様に、中国は止められない独楽となった。本来であれば、物質的な豊かさに頼らず、精神的な豊かさを追求する道もありえただろう。ただし、人間的な幸福の形をある程度実現した社会主義革命は、キューバくらいではなかろうか。国土の大きさ、人口の多さから言って、キューバ型社会を中国で実践することは難しかろう。

共産党政権の屋台骨も揺らぎつつある。富裕層の多くが共産党員であり、地方政府幹部の腐敗の程度はすさまじい。江沢民は「3つの代表」(共産党は社会生産力の発展、文化の進展、人民の利益を代表する)ということを強調したが、少なくとも党が人民の利益を代表しているなどと考えるナイーブな中国人はほとんどいない。一方で、長く一党独裁を続け、健全な批判勢力を許容してこなかったこともあり、共産党政権の急速な没落は、無政府状態に直結しかねない(日本のように、単純な「政権交代」では絶対に済まない)。

このような、様々な矛盾をなんとかしようというのが、「和諧(調和)社会」というスローガンなのだ。具体的にどうするのかは、実は誰もわからない。幹部の腐敗を厳正に取り締まり、都市と農村の関係を制限付きで緩和し、定期的に不満のガス抜きを行い、国民の文化的資質を高め……というような、ありきたりの方法を実行しつつ、あれこれの微調整をはかるしかない(胡錦濤は、調和社会を実現しつつ経済発展を維持する理論として「科学的発展観」ということを言っているが、具体的な方法が明示されているわけではない)。

ともあれ、「和諧」(調和)は何としても必要であり、国のトップが話す格好の良い言葉とは別に、泥臭い地道な作業の連続によって、中国の崩壊は阻止するべきだ(これは日本の国益にとっても重要である。いずれ共産党政権が形を変えるにせよ、ソフトランディングさせることが肝要だ)。胡錦濤のみならず、中国の一般国民においても、個人的な不満や欲望を一旦脇に置いたとしたら、「和諧」こそが必要だと思うだろう。漠然としているように思われるかもしれないが、「和諧」は中国の願いなのである。

中国が何としても実現すべき目標であり、願いでもある名を冠した新幹線が「和諧号」なのである。ちょうど、日本の「ひかり号」に似ているが、もっと切実なニュアンスが含まれていることに注意したい。その「和諧号」が、笑いのネタを提供してしまっていることが、なんとも悲しいのである。中国嫌いの人々は、「ざまぁ見ろ」と言うかもしれないが、私は中国の願いを笑うことができない。

ちなみに、「和諧号」は、広く一般に新幹線(高速鉄道)に名付けられており、いまのところ問題になっているのは、北京上海間の新車両のみである。私も一昨年、ハルビンから瀋陽まで別の「和諧号」に乗ったが、なかなか快適だった(トンネルがほとんどなく、土地の高低差もないので、静かで振動が全くないのだ)。隣に座ったおじさんが、ハルビン名物のサラミをずっと丸かじりしつつ、延々ケイタイで喋っていたのには閉口したけれど。

〔追記〕中国高速鉄道が、大規模な脱線事故をおこした。なんとも皮肉としか言いようがないが、中国新幹線の開発と運営が、「調和」とは真逆の精神によって担われていたことは間違いない。サーチナの記事によれば、前鉄道部長の「いけいけどんどん」な(「大躍進」的)推進と、無理な「世界一」へのこだわりがあったようだ。労働者出身のたたき上げが悪いとは言わないが、対局を見る能力や「思想」に欠け、トップとしての資質に問題があったと言わざるをえまい。ただし、問題の根はもっと深く、決して前部長の属人的な問題にとどまらないはずだ。http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0724&f=national_0724_100.shtml http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2011&d=0724&f=national_0724_104.shtml

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