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2011年4月10日 - 2011年4月16日の5件の記事

2011年4月16日 (土)

「過ち」

広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた有名な言葉。

「安らかに眠って下さい/過ちは/繰返しませぬから」

P1000474_2

「過ち」を「繰り返させない」のではなく、「繰返しませぬ」と言っている。このことにえらく感銘を受けたことがある。当然というべきか、原爆の被害者の中には受け入れられないといった意見もあったようだ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%88%86%E6%AD%BB%E6%B2%A1%E8%80%85%E6%85%B0%E9%9C%8A%E7%A2%91

碑文の主語が「人類」か「日本人」か「世界市民」か、それを確定することは困難だろう。しかし、この碑文の起草者が被爆者であったことのすごさを確認したい。少なくとも彼は、「無辜の被害者」としての立場を放棄しようとしている。客観的に見れば、何も悪いことをしたわけでなく、不幸にして被爆者となった彼が、「過ち」を引き受けようとしたのである。

アメリカが憎い、戦争が憎い、軍部が憎い等々、許せぬ相手を数えれば両手に余る。何よりも、日常が一瞬にして地獄絵図に変わり、愛しい人を失い、無念さと哀しみは筆舌に尽くしがたかったはず。それでもなお、被害者である自らのうちに「過ち」を探す。ここに見られる精神こそが、日本人の「戦後」を支えてきたとは言えまいか。

あるいは、ほかの国々には理解しづらいかもしれない。かつて日本人は、「悪くないのに謝罪する」、「権利意識が希薄」といわれた。「NOと言えない」、「自虐的」な日本からの脱却が、ある時期以降目指されたことにも理由が無いわけではない。他国との対等な関係を構築する上で、強気に出ることも必要ではある。

ただし、ある意味で極端とも言える自省(「恥の感覚」と言ってもいい)が、私は尊いものであったと考えている。経済成長の底に、こうしたメンタリティが伏流していたことが、日本の文化的・倫理的堕落を防いだとは言えまいか。しかし、1990年頃を境に、その多くは失われ、日本人から忘れ去られてしまったように見える。

さて、4月8日の記事(「もしかして、思考停止?」)で、鈴木耕氏の文章を「残念だ」と述べた。「戦後」の精神を体現してきた方々に、「思考の停止」と思しき様子が見られ、原発事故については「イノセントな自分」を前提にして、巨悪を弾劾しているように思われたためだ。しかし、同じ鈴木氏の新しい記事では、ほかならぬ上述の碑文がとり上げられている。

http://news.livedoor.com/article/detail/5487742/?p=1

自分たちの甘さ、「過ち」を考えておられる。これを表明されたことで、私はかなり「安心」した。無力感を超えて、さらなる一歩を踏み出そうとする決意の程がうかがわれる。「原子力村」の構成員を糾弾する際の調子には、なお若干の違和感はあるけれど。

今、日本社会は分水嶺にさしかかっている。震災前後の断絶を強調しすぎるのも考え物で、日常の連続性をむしろ意識すべきなのも事実。震災によって、これまでの生活がリセットされたわけではないのだから。「欲しがりません勝つまでは」といった提言を許してはならず、精神的な豊かさを「無駄」として制限するのは慎むべきである。娯楽に対する軽視も必要以上に行ってはなるまい。一方で、公共性を度外視した欲望の追求は、一部抑制することも必要となろう。

「退屈な日常」を前提とした生き方は変化を迫られ、危機対応モードへの適応が求められる。危機対応モードは、前にも触れた「大きな物語」との親和性が高い。しかし、既存の物語に回収されることは拒否しなくてはならない。これまで見て見ぬ振りをしてきた矛盾が、危機に乗じて噴出した側面があり、私たちはすでに既存の枠組みには回帰できない。遠くない将来に訪れるはずだった破局が、災害によって早まったと考えるべきである。

ただし、既存の路線は「安心感」を与える。新たな枠組みの具体像が見えてくるまでは時間がかかる(拙速はむしろ慎むべきだ)。おおよそ20年にわたって力を持てずにいた「大きな物語」が、見せかけの説得力をもって私たちを襲うだろう。それをどうやって拒否するか。

イデオロギーや国家に回収されない「小さな物語」の消費期限が終わったとは考えないことである。我欲とか身勝手とか揶揄された私たちの日常だが、自分を含めた小さなサークルの利益を第一とする生き方自体が間違っていたわけではない。

日本的ポストモダニティに欠けていたのは、自らの「過ち」についての自省、「恥」に対する敏感さである。それを再び取り戻しさえすれば、日本の良好な公共概念はかなりの程度復活するはずだ。「大きな物語」は必要ない。

原爆慰霊碑に刻まれた文言を、声に出して読んでみよう。一見したところ悲痛な言葉だが、実は前向きで、希望に裏打ちされた責任感が感じられる。私たちを「共感」と「連帯」に向かわせる大きな力が宿っているのがわかるはずだ。東北の地に向かって、原発の「荒ぶる神」に向かって手を合わせ、唱えてみよう。

「安らかに眠って下さい/過ちは/繰返しませぬから」

2011年4月15日 (金)

共感と同情

子供は正直だ。正直さは時として残酷でもある。そしてしばしば、子供の正直な残酷さは、周囲の大人たちの内面を赤裸々に暴露する。

http://mainichi.jp/area/chiba/news/20110414ddlk12040106000c.html

福島県から避難してきた方に対する「放射能差別」が起こっていることは、以前から報道されている。医療機関が受診を拒否したり、避難所が受け入れを拒否したり、福島ナンバーの車が好奇の目で見られたりといった事例が出ていたが、今回の子供同士の「差別」は、なんともやるせない。

原発事故はなおも予断を許さない状況にあるが、首都圏の住民は次第に落ち着きを取り戻しつつある。先月中旬には「放射能が来る!」という恐怖感にとらわれた人々も、「自分たちはなんとか大丈夫そうだ」と思うようになった。パニックが収まった後で、一部の人々には日常への回帰が進みつつある。

早く日常に復帰して、それぞれの仕事に精を出すこと自体は素晴らしい。必要以上の「不安」と恐怖感は、冷静な思考を奪い、ひいては日本社会の立て直しを阻害する要因となる。だが、「助かった」安心から、被災者との間に無意識の差別化が進行する危険が出てきている。若干の不安を残しつつも、はやくそれを忘れて「安心」したいという深層心理は、自分とは違う「可哀想な」被災者を、できるだけ遠ざけようとする。

さらに、放射性物質という眼に見えない(わけのわからない)ものに対する恐怖が、今も脳裏の一部を占めており、これまで放射線と理性的に向かい合おうとしなかった一部の人々は、ごく低度の被曝をした(あるいは放射線量の高い地域にいた)方々を一種の「けがれ」と見なす。放射性物質を病原菌と同一視し、伝染するものであるかのように考える。それが愚かで、ばかげた考え方であることは、少し考えれば誰でもわかることだ。

放射性物質が伝染することはありえないし、線量の高い地域から来られた方と接触して「二次被曝」が起こるなどということもあるはずはない。政府やマスコミの報道が信じられないなら、ほんの少しの労力を使って、自力で調べてみればいい。根拠のない潔癖は犯罪に等しく、神経過敏とは一刻も早く決別するべきだろう。

当然、大人たちは「良識」をわきまえているから、人前であからさまな「差別」をすることは少ない。しかし、内心ひそかに抱く「差別」意識(これは客観的に見れば「優越感」ということになる)は、子や孫に伝染する。むしろ大人たちの隠す内面が、子供たちによって表に現れているのだと見るべきではなかろうか。認めたくはないが、すでに多くの「良識」ある大人たちの中に、無意識な「差別」が宿っている可能性がある。

行動に移さない限り、何を考えようと自由ではある。個々人の思想信条は尊重されるべきだ。しかし、被災者、避難民に対して、仮に一瞬でも「差別」意識が自覚されたなら、即座に打ち消す努力をするべきである。一次罹災をまぬがれた私たちが、直接の被害を受けた方々を追い詰めるようなことは、絶対にあってはならない。そのためには、言葉や態度に表すことを戒めるだけでなく、思考の領域においても自省し、自戒することが必要だ。

真偽の程はわからないが、こんな報告もある。

http://anond.hatelabo.jp/20110414144232

日常に回帰したからといって、幸運な自分に傲るなど、とんでもない勘違いである。「共感」と、「同情」や「憐憫」を取り違えてはならない。被災者は未来の自分の姿かもしれないことを、肝に銘じる必要があろう。

なお、次の日記が非常に興味深かった。原発から30キロ圏内の川内村にお住まいだった作家・作曲家の方が、震災直後からの状況をレポートされている。私たちにとっても有益な情報が満載である。(「阿武隈日記」)。

http://abukuma.us/takuki/11/050.htm

トップページはここ→ http://takuki.com/

大変な状況下でも冷静さを保ち、必要な情報を収集して、ご自身の頭で考えて的確な判断をされている。抑制の効いた文体が素晴らしい。見習うべき態度、考え方の雛形がここにあるように感じた。

2011年4月12日 (火)

インテリジェンス

佐藤優氏の言葉が面白いのは、今に始まったわけではない。もっとも、私は氏の著書は2~3冊しか読んでおらず、熱心な読者というわけではない。発表媒体や講演場所によって、語る内容を調整しておられるようで、個人的には若干「当たり外れ」があると感じることもあるが、それはむしろ佐藤氏が読者を想定し、彼らに届く言葉を考えていることの表れでもあろう。

今日は、手っ取り早く、数年前のネットインタビューを紹介する。これが、今の状況下で、殊の外面白いと感じるからだ。

http://www.cyzo.com/2009/03/post_1693.html

政治、外交、警察、検察、官僚、宗教の問題を、ご自身の経験をふまえて鮮やかに論じるが、その際にしばしば引き合いに出されるのが「インテリジェンス」(諜報)能力である。それについて、ここでは陰謀論(物語)が作り出される背景とからめて解説している。

情報分析官が客観的情報に基づいて、予測を立てる。その際に、しばしば極端な「物語」を描くことがある(極端なシナリオを描く分析官は、2割程度いるとか)。あくまでも客観情報に基づいているため、「極端」なシナリオが「最悪な状況」に対する心構えを作るのに役立つのだとか。

しかし、時には恣意的に情報を取捨選択し、「物語」を創作してしまうことがある。彼らには特徴があるようだ。

「一概には言えませんが、"二級のエリート"に多いのではないか、という気はしています。ものごとの舞台裏をある程度はうかがうことができるのだけど、核心情報にはアクセスできない。そこで真実を知って納得したいという欲求を満たすため、「こうであるはずだ」という結論へショートカットしてしまう。」

次の部分は気が利いている。

「それと、陰謀論が勢いを増すのは、やはり社会が不安に覆われる時なんです。不安を突き詰めていくと「死」に行き当たります。そしてそれは、必ずしも個人の死だけを意味するわけではない。経済システムは、景気循環を繰り返しているように思えますが、たまに急停止することがあります。」

「最近の世界経済危機の中で、派遣切りの問題が浮上し、正規社員の人たちも「明日はわが身」という不安を感じだした。すると、「自分の落ち度でそうなったんじゃない。しかし、なぜなのかはわからない。誰か説明してくれ!」となる。そんな欲求が強まっている時代だと思います。」

この記事が発表された2年前と比べて、「不安」の内実はかなり形を変えた。悠長なことを言ってられないという焦りが、もっと赤裸々に現れている。「死」ということも、メタファーとしてでなく、直接的なものとして感じている人々が多いだろう(「経済システムの急停止」もまた、2年前と比べものにならないほど差し迫っているが)。

状況は切迫し、「誰か説明してくれ!」という欲求は切実だ。それなのに、誰も納得のいく説明をしてくれない。とにかく情報が欲しいのだが、アクセスできない。「二流のエリート」ならずとも、「こうであるはずだ」という結論へのショートカットが避けられない。一方で、欲求の切実さは、インテリジェンス能力(ここでは「情報リテラシー」と言い換えてもいい)を身につけた人々以外に、一層顕著でもある。

不安を和らげようという政府、官僚、東電、「専門家」の口調が、逆に国民の不安をかき立てるという悪循環が続いており、そうした中で、事故の状況はさらなる悪化が懸念される。これまでのところ、3月15~16日頃に最大の危機(放射性物質の大量放出)があったとみられ、ここへ来て急激に悪化したわけではないが、「レベル7」認定はやはりショックが大きい(ある程度予想していたことではあるけれど)。

「隠していたんじゃないか」と思われても仕方ない状況だ。不信感がつのるのも当然ではある。しかし、私はやはり「本当に誰も実情を把握していない」というのが実際に近いと思う。彼らは悪辣で腹黒いというよりは、むしろ「無能」なのだと言えばわかりやすいだろうか(さらにたちが悪いとも言える)。

陰謀論に踊らされないため、気をつけるポイントとして、佐藤氏は次のように言っていた。

「「わからない」という状態に耐える力が必要ですね。自分が何をわかっていないのか、それを直視することが物事を知る第一歩です。」

「それから、良質な文学を読むことは、陰謀論への抵抗力をつけるのにうってつけです。なぜなら文学とショートカットは相容れないですから。物語を途中で端折った面白い小説なんかありませんよね。陰謀論というのは推定有罪、すなわち結論ありきですから、論理の崩れや仕掛けの稚拙さが目立つんです。」

非常時にそんな悠長なことは無理だ、という考えもあるだろう。だが、いかなる場合にも共通する当たり前のことだ。「物事を知る」というのは、そもそも簡単なことではないはず。少なくとも、テレビやネットにアクセスできる環境があるにもかかわらず、「何がわからないのかわからない」という状況であるならば、それは情報の受け手の問題ということになる。「何がわからないのか」を把握した上で、「わからない」状況に耐え、「知る」努力をするべきだ。多くの人々に「インテリジェンス」が必要とされる時代になってしまったということだろう。

文学に関しても、今にふさわしい提案だと思う。長編の一大ロマンを読破するには、一定の忍耐力が要る。幾重にも張られた伏線をたどりながら、理路を確かめつつ読み進む。ミステリーなら忍耐を必要しないことも多かろうが、こんな時はガチガチの近代小説がいいかもしれない。忍耐が必ずしも苦痛ではないことも実感できるはずだ。

とか言いつつ、実はこっちの方が好みだったりもする・・・お下品で、ばかばかしいけど。

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『週刊とりあたまニュース』(新潮社、2011年1月)

2011年4月11日 (月)

連帯と、物語へ回収

昨日、全国でデモが行われたそうだ。主催者発表では、高円寺で1万5千人、芝公園で2千人が参加したとのこと。実際の参加者数はさておいて、かなり大規模なものであったのは間違いないようだ。

これにエールを送る記事も、批判的な記事も、ネット上にはかなり多く出ている(マスコミが大きく報道しないことへの不満も見られる)。エールを送る記事の中には、高円寺デモについて「若者のパワー」、覚醒を賞賛する見方が目立つ。

http://www.labornetjp.org/news/2011/0410shasin

批判的な記事には、反原発の早期実現が難しいことに関する理解不足、政治的バイアスの強さを見て取って、突き放した態度をとるものが多いようだ。

私はどちらにも違和感が強い。批判的な論調に一貫して底流するのは諦めに近いムードであり、実現性の低さを前に思考を放棄している。これは社会改革の最大の障壁であり、震災前に行き詰まっていた枠組みに対する未練が強いことを示している。あるいは、他の選択肢の採用が最初から考慮されていないことも考えられる。

一方で、デモ賞賛派だが、彼らは「若者」の動向を勘違いしているのではないかと思えてならない。主として以前からの反原発運動家に多いが、「若者」が自分たちの主張の賛同者になったととらえ、そのことを「社会に無関心であった若者」の「覚醒」と見なしているフシがある。それは早計ではないかというのが私の考えだ。

「若者」の多くが、脱原発を強く願うようになったことは事実かもしれない。しかし、それは震災から1ヶ月という興奮期にあるからで、「安心」を回復したいという思いの強さと関係がある。前にも赤木智弘氏の記事に触発されて述べたことだが、社会的に優先されるべきは客観的な「安全」であって、「安心」は本来二の次である。「安心」へのこだわりは、しばしば「安全」の実現と齟齬を来す。「安心」は、あくまでも主観的なものであり、「気の持ちよう」の問題である。

「安全」を回復するのは時間がかかり、さらには絶対的な「安全」などは存在しない。言えるのは、「安全」か「危険」かではなく、安全性が「高い」か「低い」かである。日本の原発が安全性の「低い」ものであることは疑いようがなくなりつつあるが、他の発電方法を含めて、日本の発電全般をどうやって安全性の「高い」ものにしていくかが求められている。

その長く困難な取り組みを担うには、「安心」を感じないよう自己を律しつづける必要がある。「安全」の度合いが低い段階で「安心」してしまうことは許されない。それを数年、数十年続けていく覚悟があるのかどうか。私はやや否定的に見ている。

「安心」を放棄する(「不安」を持ち続ける)上で、「連帯」が重要になるのは間違いない。だが、不安からの逃避の手段として「連帯」を求めるのは筋違いである。ともすれば、「赤信号みんなで渡れば・・・」といったマインドが席巻する危険性がでてくるだろう。

そこで、人々を回収する物語が台頭してくるはずだ。「運動家」は、すでに一つの物語を生きている。悪辣な政・官・財界と「御用学者」の巨大連合に対し、「正義」を信じて闘うという物語だ。一方で、原発を推進してきた人々も、様々な「妨害」に屈せず、原子力という「優れた」技術を推進することで「国家の発展」に寄与するという物語に囚われているはずだ(原発が「儲かる」というのは、おそらく副次的なものだ)。他にも、国家の物語(国難に立ち向かう勇気ある日本人の物語)など、いわゆる「大きな物語」が頭をもたげるだろう。そこに某かの可能性を求める人々が相当数いるものと想像する。

だが、「絶対的な正しさ」などはありえないというのが「若者」の現実感覚であり、「強み」でもある。いわゆる「ゼロ年代」の意識の持ちようは、「うさんくささ」に対する敏感さに特徴付けられていると思うのだ。原発に対する反対派にも推進派にも「うさんくささ」を感じるというのは、むしろ自然な成り行きである。だが、これが理解しづらいところだと思うが、にもかかわらずデモに参加するという選択もまたありうるのだ。

デモを「うさんくさい」と感じ、「意味ないんじゃない?」と思う「若者」は多いだろう。だが、昨日のデモに限っていえば、参加者の多くについては「安心」を取り戻したいという正常な(無邪気な)反応としてとらえるべきだと思う。これを既存の反原発運動自体の急成長ととらえるのは難しいのではないか。

運動家諸氏は、「若者」を「大きな物語」に回収することに希望を見いださない方がいい。また、私個人は「若者」が既存の物語に回収されるべきではないと考えている。個々人の選択、「決断」には無数のバリエーションがあり、それをゆるやかに方向づけるメッセージこそが必要だ。

メッセージに壮大なストーリーはいらない。個人対個人、個人対少数者のネットワーク形成が重要であり、それを促すきっかけ作りを重視するべきだろう。その意味で、「きっかけ」としてのデモはアリだと思うし、Twitterなどが大きな役割を果たしつつあるのは周知の通りである。

「震災前に行き詰まっていた枠組み」にとどまることは、実際問題として難しいはずだ。意識改革と制度改革が求められているのは間違いない。自立した個人の「連帯」によって、小規模の改革を同時多発的に進める必要がある。

2011年4月10日 (日)

内田樹氏の立ち位置など

最初から断っておくが、批判ではない。むしろ(若干不本意ではあるのだが)、内田氏のスタンスについての全面肯定を意図している。「不本意」だというのは、私は内田氏よりずっと年少ではあるけれど、同業者としてのふがいなさに起因するものだ。この業界で、別の誰かを全面肯定することは、自分の存在意義の縮小(場合によっては全否定)を意味するから。

内田氏のブログ「内田樹の研究室」をご存じの方は多いだろう。氏の著書の一部が、ブログ記事を加筆編集したものであることは知られている。前にも書いたが、昨年一年間、それらを含む「内田本」をほとんど読んでしまったので、新刊が待ち遠しくて私もそちらをフォローするようになった。

http://blog.tatsuru.com/

震災後、早い段階で「疎開」を提唱した際には、いささかの引っかかりが残った。必ずしも「上から目線」というのではないが、市井(街場)に根を下ろした一生活者というよりは、雲に乗った仙人だとか、深山幽谷に座した修行者とか、いずれにしろ浮き世を離れた「この世ならぬ」立場からの発言に思えたためだ。被災状況を強く憂慮していることは十分に伝わるものの、なんだかピントがずれているように感じてしまった。

だが、それこそが内田氏のスタンスであった。これまでも、一見したところ非現実的で、突拍子もない提案をしばしばしてきたのだ。「疎開」記事に違和感を感じた時、私はそのことを忘れていた。というか、混乱のただ中で冷静さを失っていたというべきだろう。

一見、非現実的と見える提案が、実は有効である場合は、実際少なくない。それは、思考の次元をひとつ引き上げる役割を果たす。提案そのものの即効性が期待されるというよりは、行き詰まった議論に風穴をあけることによって、より有意義な枠組みの構築に寄与するわけだ。

そのことを、ここ数日の記事を読みながら思い出した。そこでは「原発供養」や「うめきた大仏」について語り、日本人の原発への向かい方や、戦後の都市構想について、宗教的・霊的な構えが欠如していることが指摘されている。

表面的に見れば「突拍子もない」話である。だが、ここには冷徹な理性と激しい感情の間の溝を橋渡しする意図がみられよう。

内田氏の語る「霊」は、非科学的なものではなく、迷信を称揚するわけでもない。ポイントは「霊」が存在するか否かではなく、逆に「存在しないもの」を祀り、思いをはせてきた人間の在り様にこそある。そして、「死者」や「恐るべきもの」に対して、それらを無視するのではなく、「確かにあるかのように」扱ってきた姿こそが自然であるとするのだ。

「霊」あるいは「神」といったものを、「存在しない」から無視する、あるいは軽視するのは、思い上がりに直結する。恐れ、祀り、鎮魂するという態度なしに人は人たりえない。そして、しばしば怠慢、慢心、さらには「隙」が生じる。

この「隙」こそが、多くの問題の発生に関与していそうだという連想は、誰にも可能ではないだろうか。このあたりのこと(他にもいろいろ)が、「内田本」にはちりばめられている。お勧めはいろいろあるのだが、時宜にかなっているのはこれだろうか。

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『邪悪なものの鎮め方』、バジリコ、2010年1月、1600円+税。

もうちょっと言わせてもらうと、「霊」や「宗教」に限らず、思考の次元をひとつ引き上げる(固定観念から離れる、内田氏の言葉だと「自分の考えをカッコに入れてみる」)ことの必要性が、今後さらに増すのではないかという気がしている。

もちろん、自分や家族の短期的生存が危ぶまれる状況では難しいだろう。「衣食足りて・・・」ではないが、とてもじゃないが落ち着いていられない、クールダウンなど不可能な状態におかれた人々が大勢いる。その方たちの優先順位は、悲しいけれど私たちとは異なってしまっている。今言っているのは、当面の相対的安全が確保できている人々に限定した話である。

昨日も「冷静」になること、感情に酔わないことの必要性を述べた(抽象的に過ぎた印象はあるけども)。そして、二者択一、AかBかといった選択をなるべく回避することをお勧めした。この2つは関連していて、「冷静」でなければ「二者択一」以外の方法を思いつきづらい。これを主として反原発の運動論として提示してみたのだが、賛同が得られたか微妙なところだ。

私は「反原発」ということを、実は話の前提としているわけではない。逆に、原発の必要性にこだわりたいわけでもない。ただし、今次の事故を経て、反原発の動きが盛り上がることは想像に難くないし、私もそれに参加することはやぶさかでないと思っている。

「反対」と「推進」の理論が噛み合わないのは周知の通りであろう。これまで「推進」が権力側におり、「反対」の力が大きなうねりとなることが難しかった。そうした中で身内を固め、両派に属す人々にはそれぞれ旗幟鮮明にすることが求められただろう。議論の相手が「反対」か「推進」かを見極めた上で対話が持たれ、それがしばしば決裂したことは何度も耳にしている。

しかし、今後の方向性としては、心情的に(あるいは身体感覚として)「反対」の立場に立つ人々が激増することが予想される。だが、「相対的安全」を享受する人々の内、「反対」ではあるけれど原発を「必要悪」として一部容認する構えを持つ者が多数を占める可能性は大きい。そして、それが政・官・産・学によって「だまされている」からとするのは一面的である。すでに稼働してしまった原発をどうするのか、その処理が困難を伴うこともまた事実なのだから。

「絶対反対、即時廃止」を願う人から、「将来的にできれば廃止」を現実的とする人までを、ゆるやかに統合する必要を考えたい。そうしなければ、運動は中途で瓦解する。また、同時進行で、「安全」性の徹底的総点検を実現させる(ここでは、良心的な「推進」派とも共同できる)。そのための持って行き方が非常に重要だと思うのである。

絶対にやってならないことは、非理性的に恐怖を根付かせ、怒りの矛先を向けるべき対象を誤ることである。「反対」と「推進」の対峙した構図から、ひとつ次元を上げて議論の場を形成する必要がある。

自分の考えを一旦「カッコに入れる」ことが重要だ。

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