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2011年4月3日 - 2011年4月9日の8件の記事

2011年4月 9日 (土)

中国の放射線量とか

日本の「安心」「安全」を強調するつもりは全くないのだが(福島第一の収束もまだまだ先だろうし)、中国の線量(平常値)が高い。すでに、あちこちで話題になっているが、改めて確認してみた(中国環境保護部データ)。

http://haq.mep.gov.cn/gzdt/

4月8日のデータでは、拉薩が0.149μSv/h(185.4nGy/h)で、水戸の0.153μSv/hと同水準。最も低い南京が0.056μSv/h(69.4nGy/h)で、さいたまの0.058μSv/hと同水準。東京は0.085μSv/hで、広州の0.088μSv/h(110.3nGy/h)と同水準。

ちなみに、日本のデータは下記(文科省)を参照(みなさんご存じだろうけど)。

http://www.mext.go.jp/a_menu/saigaijohou/syousai/1303723.htm

中国の線量が高い理由は、鉱物や石炭等の燃料の影響もあるだろうし、拉薩では標高の関係が大きいはず(つい大気圏内核実験の影響とかを考えてしまうが、関連を指摘するのは困難だろう)。

もちろん、福島の2.300μSv/hはかなり高く、このままの線量が続いたとして、年間では2.3×24×365=19872μSv=19.87mSvってことになる。食品や水、吸気中の放射性物質のことも合わせて考えると、楽観はできない。年配の方には直接の影響は少ないにしても、子供や若年者は心配だ。

で、何が言いたいかというと、関東在住の私たちは、今あわてても仕方ないってこと。そりゃ、事故以前に反原発運動がもっと効果を上げていればっていう後悔はしていい。将来の脱原発に向けた動きを早々に開始するのも必要かもしれない。でも、直近の不安や憤りに突き動かされるだけでは不足なんじゃないかと思う。

どうしても、感情に訴えかけるのが運動の王道みたいなイメージがある。恐怖や不安や怒り(現状否定型)、あるいは快楽や安心や満足(現状肯定型)を醸成して、マジョリティを獲得しようっていうのが一般的だし、「民主的」ってことになっている。

ただ、感情論だけでは話が進まないのも事実。いや、「感情」そのものは大切なんだけど、一定の「理性」が介在しないといけない。感情的な運動(交渉)がたどる道は、1.対抗者を全否定してスッキリする。2.相手の回答に一定の誠意が感じられ、(相手にとって実は痛くもかゆくもない)譲歩を引き出したところで満足してしまう。3.決裂してそれっきり。4.長期戦に持ち込んで、相手が疲れるまで待つ。のいずれかをたどることが多い。でも、必要なのは「実」を取ることだ。コンセンサスを得て、マジョリティを獲得すること自体は大切だが、自己満足に陥っちゃだめだ。

また、AかBのどちらかを選べって迫られても、間にはいろいろなバリエーションがあって、二者択一で論じると誰もついて行けなくなる。最低限の共通目標の下でゆるやかな統一をもった運動体を作るにはどうしたらいいのか、さめた頭で理性的に構想してほしいと思う。

人間が感情的な存在だっていう前提に立ちつつ、それを利用するだけじゃなく制御するような方向性が必要だ。一方で、問題意識を持った個々人が、自身の感情に酔わないよう気をつけながら、「同伴者」には最低限の共通目標以外で自由を保障することも求められる。

私がここでこんなことを言っても、仕方ないのはわかってる。ただ、どうにも危ういものを感じていて、原発危機によって噴出した感情の渦が、日本社会の方向性をミスリードしかねないような予感(妄想?)が消えない。震災後に目覚めさせられた日本人の社会的関心や「おもいやり」、奉仕の精神は、うまく導かれれば将来の希望につながる。だけど、逆の可能性もあるってことを頭の隅に置いておく必要はあると思う。

〔追記〕」「理性的」っていうのは、「論理的」と同じ意味じゃない。論理的な感情表現もあるわけだから。で、一次災害を免れた私たちは、まずはクールダウンしなくちゃと思うわけ。なにしろ、気が遠くなるほど先は長いのだ。

放射線被害について解説している東大放射線医療チームのHPが更新されて、有用な情報が増えた。この方たちまでしばしば「御用学者」にされるのが、個人的には非常に違和感がある。

http://tnakagawa.exblog.jp/

〔追記2〕単位の誤りを修正した。福島の年間空間被曝量を19872μSv/hとしていたが、ここは当然19872μSvでなくてはいけない。

2011年4月 8日 (金)

もしかして、思考停止?

とても残念だ。何がって、戦後民主主義者や中道左派と呼ばれる人々に、「思考の停止」と思しきムードが広まっていること。たとえば、鈴木耕氏の記事がそうだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/5471025/?p=1

私は「9条の会」などの意義を認めてきた一人である。非原理主義的コミュニストの発言には概ね同意できたし、運動としての反戦・反核が結果的に担う役割を高く買ってもいた。そして、保守よりは反保守の人々に対して親近感を抱くことの方が多かった。

あくまでも発言内容でその都度賛否を判断したため、「危なっかしい奴」(逍遙派)と思われることも多かったと思う。つまり、「左」だから信用するとか、「右」だから批判すべきだとかいう議論は非生産的だと感じていた。それでも、自分の生活感覚が彼らの現状認識と近い場合が多かった。しばしば「確かにその通りだ」と納得できたのだ。

でも、震災後の論調はいただけない。あまりにお粗末だと言いたくなる。今次の災害はあまりに大きく、ショックなのは私とて同じだ。原発が「人災」だという主張もわかる。だが、この子供じみた「いじけ」様はなんだろう。

「「東京電力や原発を進めてきた政治家たち」に、非常時を言い訳に責任論を回避させてはいけない。きちんと、正当な怒りをぶつけなければならない。そうでなければ、戦争責任をうやむやにして、戦争犯罪人が逃げ延びたような歴史がまた繰り返される。」

これはまだわかる。怒りの表出を先延ばしするうちに、責任追及が換骨奪胎されてしまう危険性を言っているのだろう。だが、著者の言う「正当な怒り」の内実はどのようなものだろう。引用されている西田敏行氏の言葉と、著者の基調は完全には一致していないように思えるのだ。著者の本音は、実は次の引用部に集約されるのではないか。

「僕はいま何もいらない。ただ、「いつもと同じ春」がほしい…。」

こんなことを言ってはだめだろう。日本の平和運動を支えてきた精神が、もしもこんな駄々っ子みたいなものに過ぎないのだとしたら、あまりに脆弱じゃないか。

「影響力を持つ芸能人は、もっとはっきりしたメッセージを、自らの言葉で発信するべきではないのか。」

「大人である芸能人たちが、なぜ自らの意見を主張せず、「きみはひとりじゃない」だの「日本は強い国」だのと言うだけなのか。」

著者は「メッセージ」や「意見」を、「反原発」だけに限定してしまっている。「反原発」以外のメッセージを認めない。そして、(ACのコマーシャルの出来はさておいて)「きみはひとりじゃない」「日本は強い国」といった言葉に一定の力があることを理解しない。

反原発運動が、これまで大きな影響力を持てずにいたこと、その背景に、政府や電力会社や関係学会による危険性の隠蔽があったことは確かだろう。また、今後運動が盛り上がりを見せ、短期的には新規建設の撤回、中期的には代替エネルギーの検討、長期的には全原発の停止が目指される可能性がある。その途上で、産学政の責任を追及することも必要だろう。

それならば、現状を見据えつつ長期的な運動計画を立てるべきである。そして、本気で脱原発を推進するなら、過度に理想的・空想的な主張を廃して、本当に実現するために必要なことを考えねばなるまい。優先順位を考え、辛抱強く世論を形成し、時には清濁併せ持つ手段が必要とされるだろう。

記事中に、有志作成の「御用学者」リストがリンクされているが、その認定には臆断に基づくものもある(メディアで「安全」を主張したことや、財界との癒着が疑われる所属先によるらしい)。彼らに後ろ暗い過去があるならば猛省が必要だが、今「御用学者」をリストアップして槍玉に挙げることに、どんな意味があるのだろうか。一方で、反原発論者を十把一絡げに称揚することで、何が得られるのだろうか。

一番の問題は、自分はイノセントだという認定を、著者が無意識に採用していることだ。反原発運動の経験を自身の免罪符にしてしまえば、運動未経験者との溝をつくることになろう。原発問題に後ろ暗いことのない者も、あるいは間接的に荷担していたかもしれない可能性を考えねば、運動は広まらず、深まるまい。

『週刊ポスト』(4月15日号)に「放射能差別」の実例がとり上げられている。そこでは、反原発運動家の発言が、差別を助長する構図が指摘されている。その点に限っては、彼らはすでにイノセントでない(もちろん、事故が起きなければイノセントでいられたのかもしれないが)。つまり、「正しいこと」にも弊害はあり、その責任を引き受ける覚悟無しに、今後の運動があり得ないことを示唆している。

この局面において、最も恐ろしいのは思考の停止である。停止した思考は、知らず知らずのうちに、二次被害三次被害を助長してしまう。また、停止から復帰したとしても、これまでの延長線上で考察を進めるのでは不十分だ。考え方の枠組みを日々更新する構えが求められる。

「へうげもの」とか、赤木智弘とか

今日はこっちに逃げてる。『へうげもの』12巻と『もやしもん』10巻。

P1000270

古田織部も老けてきたなぁ、なんて思いつつ、山田芳裕氏のセンスはやっぱりすごいなと。今回の「瓜畑あそび」シーン、その終盤で流れるバックミュージック(笑)!!

史実はおいといて、本作の織部は武人としてはダメ人間なのだけど、「数寄」の道を突き進むことで「武」や「政」と渡り合う。「美」や「芸」の巨匠が政財界に食い込むというのは、古今東西よくあることだが、多くは共依存関係を形成しているに過ぎない。「美・芸」と「政・財」の間にはいかんともしがたい溝があって、溝をはさんで両者が利用し合う構図はあるにせよ、越境は簡単じゃない。

前にも触れたように、中国ではかつて、文人が政治家を兼ねるというか、文人としての能力がそのまま政治家としての評価と重なる場合があった。隋代から20世紀初頭まで続いた科挙の伝統がそれを裏打ちしていたわけだ。中国知識人の責任感なども、そこに由来する部分はあると思う。一方で、「文」と「武」の棲み分けは比較的明確であって、「文」が相対的上位に置かれることが多かった。

日本の安土桃山期は、とりわけ「武」が「美」と結びついた時代であって、武人が文化の主要な創造者であるという希有な状況が生まれていた。江戸期になると状況が変わって、やがて「武」に内実が伴わなくなることが多くなるけれど(当然例外はたくさんあるよ)、日本「武士道」の精神性の基礎はすでに固まりつつあったってことなんだろう。

なんだかすごい雑ぱくなまとめ方をしてしまったけど、「日本的文化風土」っていうのがかなり特殊であるっていうのがよく言われることで、そのあたりのことがうまくデフォルメされて、『へうげもの』にはよく表現されていると思うわけだ。

たとえばかつて「政治と文学」なんてことが問題になったのも、文学に政治性が希薄だっていう前提があったからだし、必要以上に社会と直接的関係を持たないことが「文化」の本道だっていう美意識は、今でも多少は残っていると思う。

つまり、マニアックであることが素晴らしいとされてきたわけだ。知識人が分をわきまえて、「余計者」に甘んじる理由の一端もここにあって、「美」の追求において、社会的意義だとか効用だとかを意識することは邪道ってことにされる。そのこと自体の善し悪しはおいといて、『へうげもの』にはマニアックであることそのものの内にある「社会性」、「意義」を言祝ぐようなところがある。それが大変タイムリーでもあり、すごいところだ。

話は変わって、赤木智弘氏の下記記事がおもしろかった。

http://news.livedoor.com/article/detail/5473588/

4年くらい前に「希望は、戦争」を書いて物議を醸したのはことに有名。私の周囲でも随分話題になったが、それを話題にした人たちが赤木氏の発言をちゃんとフォローしている形跡はなさそうだった。私はそれを残念に思う一人だ。

世代論を強調しすぎることを除けば、赤木氏があちこちで言ってきたことはかなり説得的だし、私なんかはほぼ全面的に賛同できてしまうのだ。それに、「希望は、戦争」にしたところが、これに噛み付いた人たちの多くは、赤木氏が不満に思っている枠組みに寄りかかって赤木批判をしていたわけで、むしろ批判者の頭の固さを露呈してしまっていた。まぁ、そのへんのことは、長くなるから今はやめておこう。

今回の記事の中心は、次の一文だろう。

「最近は「安全安心」として、言葉がひと括りにされることが多いが、本当はこの2つは別の言葉である。安全は客観的に証明されるのに対し、安心は主観的な認識である。」

文中で挙げられた事例については、正反対の例もあった可能性があり、検証が必要だ。それはそうとして、「安全第一、安心は二番」であるべきだというのはその通り。これが理解できていないと、被害の予防のみならず、二次的三次的な災害を招く可能性がある。

それなのに、一般的にはむしろ優先順位が逆転しているんじゃないかという気がする。私たちは「安心」を欲するあまり、「安全」を蔑ろにすることがある。それは両者を同一視しているためでもあろうけれど、むしろ「安全」に対するこだわりは、よく言われるほど強くなかったのではないかと思うのだ。「安全」は政府・自治体・企業が責任を持ちさえすればよく、生活者は「安心」の享受につとめさえすればよいと、無意識にそう思ってはこなかったか。

実現すべきは「安全」なのだけれど、私たちが求めるのはひとえに「安心」だ。「安心」を追い求める際に、「安全」はしばしば等閑視される。もちろん、本来は「安全」であってはじめて「安心」が生じるはずなのだが。政府批判が加熱する背景にも、時折このボタンの掛け違いがある。正当な批判も当然あるし、批判を罪悪だと言うつもりは毛頭ないが、「市民目線」という言葉の裏に「安心」原理主義が隠されている場合もあるんじゃないか。

震災後、いろいろ取りざたされている混乱も、多くはこの優先順位の転倒によって引き起こされているように思う。様々な不信も、不安も、「安心」が得られずにいることによる反射である場合が多い。しかし、目下必要なのは「安全」の確保であり、政府がまず取り組むべきも「安全」を回復することである。一次被害を免れた者がやたらに「安心」をねだるのは、時期尚早とするべきだろう。

2011年4月 7日 (木)

『WiLL』の特集

なんとも花田紀凱らしいというか、相変わらず独特の雰囲気だが悪くない。

P1000269

中には個人ブログからの転載もあるようだが、みな短文ながら百花斉放の観。今月の月刊誌ではピカイチといってよさそう。

もっとも、やはり思想傾向に違和感はある。一定のバランス感覚に支えられ、時宜を得た発言であれば、必ずしも左右にとらわれずに読むようにしている。特に、最近は右や左っていう区分でもって、著者に信用がおけるかどうかを判断することは、ほとんど不可能になっているから。

その上で感じるのだけれど、本誌に寄稿している方々のうち何人かが、なおも既存の枠組みというか、「保守」としての立場に固執して震災を論じているように見えるのが残念だ。結論ありきで、「この人ならこういうことを言うだろうな」という予想と、大きく違わない文章がある。

比較的長期にわたって堅持してきた立場を捨てるなんて容易でないし、その必要もないと思うのだけれど、大きな出来事が出来した際に、それを語るべき自己の在り方を問う姿勢っていうのは必要なんじゃないか。

自分が堅持してきた枠組みで何でも語れると考える(さらには、自らの正しさが証明されたかのように考える)のは、あまり良い傾向じゃないと思う。それじゃ、マルクス主義を至高の真理だと言って、現実の方をそちらに近づけようとした人々と、そう大きく変わらない。

災害の大きさ、事態の深刻さを受け止めつつも、あまり悩んでらっしゃらないように見える。悩むことは動揺することとは違って、思想の放棄ではなく深化を促すものだと思うのだけど、年配の方々にそれを求めるのは酷ってことだろうか。あまり単純に世代で区切っちゃうのは抵抗があるのだけども。そもそも、区切ったところで何のメリットがあるのか疑問だし。

まったく新しい枠組みを提示するには時間が必要だろう。とりあえず今の時点では、本誌の特集が有意義なのは間違いない。要はこれからってことだな。

2011年4月 6日 (水)

『移行期的混乱』

平川克美著、2010年9月筑摩書房刊、1600円+税。

P1000268

帯には内田樹の推薦文。昨年一年間、通勤途中で「内田本」を読むことが多く、新刊書店で手に入るものはほとんど読んでしまった。内田氏がどこかで紹介していたことで、、私も本書の存在を知った(それで、発行直後に買ってあった)。平川克美氏は内田氏の幼なじみとのことで、「内田本」にしばしばお名前が登場するし、共著(対談)も出ている。

さて、書名にもなっている「移行期的混乱」とは何か。本書から一部分引用させていただこう(同じ箇所は、本書裏側の帯にも引用されている)。

「総人口の減少を食い止める方策は、さらなる経済成長ではない。あるいは経済成長を続けるための方策は、総人口の再増加でもない。むしろ、それとは反対の経済成長なしでもやっていける社会を考想することである。その考想がひとびとに共有されたとき、人口動態もまた平衡を取り戻すはずである。」(本書146頁)

「しかし、当分の間は、経済成長待望論者による生産性向上と富の収奪のための様々な試行錯誤と、行き過ぎた金銭信仰のために破壊された労働倫理、そして拡大を続ける格差などによる移行期的な混乱が続くだろう。」(同上)

経済学者はどうか知らないが、この数年間、私たちは「どうもうまくいかない」という実感とともに暮らしていた。景気指数の動向に一喜一憂しつつ、リーマンショックを経て「持ち直しつつある」と言われた日本経済だが、「ほんとかよ」と斜にかまえる姿勢が身についていたように思う。

政府の経済政策に対しても、その効果が限定的であることを皆が嗅ぎとっていたし、日本の国力が相対的に縮小する感覚を肌で感じてきた。一方で、景気回復、少子化からの脱却には、経済成長が不可欠だという固定観念も根強く残留していた。

戦後の急成長を経て、一定の生活水準に達した日本が「相対的安定期」に突入し、「どうもうまくいかない」という実感が「移行期的混乱」に起因するものだという指摘は、おそらく正しい。国民の多くがすでに眼に見える成長を欲しなくなっている中、あらゆる企業・団体は業績回復に追われ、一層の拡大路線に舵を切り、少ないキャパを奪い合う構図が発生していた。それと歩調を合わせざるを得ない政府の経済政策は、基本的にキャパの拡大を目指したものだから、それが国民の生活実感と乖離してしまうのは避けられないことであろう。

ただし、国民の多くは生活者であると同時に経済人である。生活水準の向上を必ずしも熱望していない生活者としての自分が、同時に勤務先の業績拡大に尽力するという違和感を、多くの者が覚えていたと考えられる。結局、生活者としての実感と、経済人としての義務を別個のものとして処理するほかなかった。つまりは思考の限定的停止である。生活者か経済人か、どちらか一方として思考するのみで、両者を統合しようとする作業を停止してきたのだ。

「移行期的混乱」をどう乗り切るか、その具体的方法を本書は示していない(その作業は到底一人の著者の手には負えない)。だが、考え方の転換をはかることの延長線上に、混乱への対処法と、次の段階(ポスト移行期)の在り様が見えてくることが匂わされている。

本書の副題に「経済成長神話の終わり」とある。一冊のほぼ全体で示されていたのは、経済成長モデルで日本の今後を考えるのは不可能ではないか、という一点である。しかし、「なんだ、それだけか」と思うなかれ。次の引用を見てほしい。

「文脈的な移行期の時代において、わたしたちに困難があるとすれば、参照すべき事例を過去の歴史の中に求めることができないということである。同じ歴史の文脈の中においてなら有意義であった、過去の成功や失敗の事例から学ぶという効果的な方法が、却って混乱を助長することになるかもしれない。」(本書214頁)

「文脈的移行期においては、どう考えればよいのかという手近な回答には意味がなく、なぜわたしたちはこんなふうに考えるのかと考え、どう考えてはいけないかという原理的な問い返しをすること以外に、わたしたちの立ち位置を確認することができないということである。」(同215頁)

成長の果てに迎えた「相対的安定」に安住することは、国際社会で後発国に追い越されることも意味する。しかし、国の成長を人の一生に喩えるなら、成長しきってしまった人間が後進に席をゆずることはむしろ自然である。もっとも、近代国家は一人の人間とは異なり、滅亡(死)が絶対的な帰結として未来に想定されていない。だから、半永久的に続く国の将来を思えば、席を譲ることが躊躇われるのもまた事実。

だが、老成した国家が弱肉強食の競争から一歩引いて、国際社会で一定の尊敬を集めつつ存続することは可能ではないか。「経済成長神話」に固執することは、永続革命論の信奉者と同様、無理を重ね続けることになる。路線の転換が必要なのは、実は誰にもわかっている。

さて、目下の状況は「相対的安定」にない。本書が予見したことは、3・11が起こらなかったもう一つの日本、パラレルワールドにおいてのみ適用可能なものとなってしまった。だが、「どう考えればよいのかという手近な回答には意味がなく」、「参照すべき事例を過去の歴史の中に求めることができない」ことは、むしろ明らかになった。つまり、本書の提言自体は一層のリアリティをもって私たちに迫ってくる。

復興を「再度の成長へのきっかけ」ととらえることは難しく、全く新しい社会モデルが必要とされるだろう。過去の事例に学ぶことで危機を乗り切るのは、おそらく不可能だ。そもそも、災害以前に行き詰まっていたモデルに回帰したところで、「成長」はおろか「安定」を実現するのも難しいはずである。

これまで直視することをせず、目を背けてきた様々な問題が、今まさに噴出しようとしている。これらは漏れ出した放射性物質と同様、簡単に蓋をして「なかったこと」にはできまい。問題がひとたび出来すれば、あらかじめ「できる」か「できないか」を確かめてから取りかかる余裕はない。

当面は、柔軟で強靱な「知」の方向性を模索することだ。今後、具体的な苦しい作業が殺到するだろう。原発の当事者たちは、すでに忙殺されているが、あれは他人事でない。無理難題をしなやかに処理し、力業で解決するため、腹をくくろう。

マスター・キートン

『MASTER キートン』勝鹿北星作、浦沢直樹画、小学館、全18巻。

P1000267

いろいろ大人の事情があったらしく、随分前から古本屋でないと買えなくなっているが(※)、大好きな漫画の一つ。学生時代、特に修士論文が書けなくて悶々としていた時に、何度も読み返したものだ。

漫画全巻読破なんかしている場合じゃなかったのだけれど、不思議と「やる気」をもらえて、一度読破すると、1ヶ月くらいは調子よく過ごせた。それで、今でも処分せず本棚の端に収まっている。小説にしろ映画にしろ漫画にしろ、そういう作品がいくつかある。本業に近いものにもあるけれど、意味合いがちょっと違うみたいだ。

第一義的には気分転換できることが大きいのだけれど、それだけじゃない。かつて、しばしば「俺がやってることに何の意味があるんだろう」という疑念にさらされた。ある意味幸せな悩みだが、文系の大学院生は研究が面白くなるに従い、社会と切り離されたマニアックな世界に閉じこもることが増え、ふと我に返った際に自意識が一気に縮小するような思いに駆られる(我に返ることなく「自意識過剰」になる人もいるが、それはレアケースじゃないかな)。今思うと、定期的に読み直した作品には、自分が取り組んでいることの意義を間接的に確認して、モチベーションの持続につながる要素が多く含まれていた。

主人公の平賀・太一・キートンは日英のハーフで考古学者。オックスフォードの修士を修了しているが、学者としての経済基盤を持たず、日本の私立大で非常勤講師(薄給)をしながら、保険組合の調査員をしている。一方で、かつて英陸軍特殊空挺部隊に所属し、サバイバル教官をつとめていた。作品名の「マスター」には「修士」と「教官」の意味が込められている(さらにMaster of Life、「生活の達人」というニュアンスも)。

平和主義者でのほほんとした人柄のキートンが、大学を休学して陸軍に仕官したのは、直接には学生結婚に失敗した自分を鍛え直そうという意識があった。他方、文系学者の卵の多くが感じる自信のなさも関係している。このあたりがとてもリアルだった。

雑誌連載時期は1988~94年。この間、社会主義体制の動揺、冷戦体制の終焉、バブル崩壊など、日本史的、世界史的な変化を経験した。キートンは保険調査員として世界各地に派遣される中で、国際社会の変化に直面する。大小の事件にかかわる上で、学術的知見と元軍人としてのサバイバル術が彼を助けるが、両者はしばしば矛盾し、彼を苦しめる。

学者(なかなか成功しない)と軍人(不本意ながら優秀)という2つの自己に引き裂かれるキートンだが、相反する2つの自己は初めから混じり合っており、やがて意識下においてもゆるやかに統一されていく。能力で見れば明らかなスーパーマンであるのに、彼はダメ人間マインドを保持し、そのことが周囲を幸福にし、結局は彼自身をも救うのである。

時代背景を考えると、その後の変化は一層大きく、随分と遠いところにきてしまった観がある。海外には戦争や紛争が常に存在し、そこで暮らす人々を危険にさらすが、日本は相対的に安定しており、キートンの疲れを癒していた。平和で安全な日本が物語の前提となっていた。地震や原発だけが原因ではないにしても、『MASTERキートン』に伏流する現状認識は、すでに有効ではなくなってしまった。

だが、17年後のキートンをあえて想像してみる。すでに初老に達した彼が実在したなら、今何を思い、どのように生活を楽しむだろう。彼なら何をしようと考えるだろう。

※ 言わずもがなのことなので、これまで放置していたが、2011年8月以降、サイズの大きい「完全版」が順次刊行中である。(2012/5/5)

2011年4月 5日 (火)

知識人の危機対応

日経BPのホームページが過熱気味だ。大前研一氏や田原総一郎氏の原発事故分析がとりわけ熱い。

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110404/265766/?ST=business&P=1

http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20110330/265304/?ST=business&P=1

大前氏は原子力工学の専門家でもあるようだが、仮説を重ねた上で「そうであればつじつまが合う」という論調が続く。事は実際におっしゃる通りなのかもしれないが、逆に「専門家」であるならば、現在何を述べることが生産的なのかについて、もう少し配慮があっていいと思うのだが、どうだろうか。

別に不謹慎だと批判したいわけではない。危機の深刻さを述べることにも意味はある。たとえば、反原発を訴えてこられた広瀬隆氏が強調する現状の危うさには、読む者、聞く者の心を強く打つ要素がある。広瀬氏の無念さが言葉に宿り、視聴者を惹きつけるのだ。一方、こと今回の原発事故分析に限っては、大前氏の言葉が私の魂に語りかける様子はない。専門的知識を十分にお持ちなのだろうが、言葉は悪いけれど素人めいて感じられるのである。

「炉心の融点は圧力容器より高いのだから、圧力容器の底に穴が開いているのは間違いなく、格納容器の底もいためている可能性が高い(要約)」というところは、なるほどと思わせるが、それ以外はマスコミの報道を注意深く見てきた者にとって、必ずしも目新しい情報ではない。

圧力容器の底云々に関しても、福島第一が圧力容器の底部から制御棒を挿入する構造であり、そのための脆さがあったことがすでに報じられている。「臨界の危険性が少なくなるにつれ、今後の対策は冷却と汚染のバランスに移ってくることを示唆している」とおっしゃるが、そんなことは大前氏のこの記事が発表される前に、多くの一般人が共有している情報である。

しかし、私が失礼を承知で「素人めいて感じられる」と申し上げたのは、新しい情報が少ないからではない。大前氏の記事が誰に向けて、何を伝えたかったのか、今ひとつ分からないためだ。おそらく氏の想定する読者の中に私は入っていなかったと見え、記事から有用なメッセージを読み取ることができなかった。私だけならいいが、他の読者は何を読み取ったろうか。

ネット上を徘徊しつつ、偶然氏の文章に出会った私のような人間にとって、「専門家」である氏の言葉は、砂漠の水のような存在である。だが、追いかけれど水は遠ざかる。気ままに知識を披露するばかりで、氏の言葉は私に向けて発せられていなかった。そう感じたのがもし私だけでなかったとしたら、大前氏は読者に向けて語っておられないのではないかという危惧が生ずる。文筆を生業とする方が、仮に読者を想定しきれていないとすれば、もはやプロとは呼べまい。以上はあくまでも仮定ではあるが、「素人めいて」と申し上げたのは、そういうことである。

田原総一朗氏は、海外の報道と比較して、日本のメディアが政府の「公式発表」に寄りかかりすぎていると批判する。「日本人には大本営発表モードが骨身に沁みているのではないか」というのである。

「事実を正確に素早く報道してほしい」というのは、多くの国民が感じていることではあろう。だが、「事実」をどうやって知るべきなのか。田原氏は「独自の取材」を挙げるが、そのことは氏が誰か「事実」を正確に把握している者がいるという前提に立っておられることを意味する。

気象庁が予測データを公表しなかった件が明らかになったばかりだが、「予測」は「事実」と同列に論じられまい。逆に、両者が混同されたときの影響の大きさを斟酌した気象庁側の考えも、一定程度理解できるように思う。以前にも指摘したことだが、「事実」の全容は誰も把握し切れていないと考えるべきではないのか。東電も日本政府も外国政府も、原子炉建屋の中の状況を正確に掴み切れていないからこそ、これだけ慌てているのだし、対応が後手に回るのではないか。

誰かが知っていて、それを隠しているとした方が、不安はずっと軽減される。誰にもわからない状況が続くことほど不安なものはない。東電が、事故の最初期段階で隠蔽側に舵を切りかけたことは十分考えられるとしても、現状は違う。東電どころか、どんな「偉い」人々にも実情はおそらく把握できていない。だから、誰もが仮説に仮説を重ねて現状把握につとめるしかなく、仮説を並べられても、確かなことを知りたいという欲求は満たされることがない。

情報は限られている。情報の圧倒的不足こそが危機の本質なのだ。外国メディアの論調と引き比べ、日本のマスコミ報道を詰る論調は溢れているが、海外メディアの多くも日本メディアと同等レベルの情報しか持ってはいない。最大の違いは報道の内容自体というよりは、報道の仕方(口調、表現方法、扇情的か抑制的か)である。

もちろん、海外では「独自取材」に基づき、補足的情報の総量は豊富であるかもしれない。だが、補足情報が私たちの不安の軽減に直結することは希であろう。

現状においては、不安の緩和が日本のマスコミの任務であることは間違いない。ただし、事態の深刻さを報道するのも重要な任務であり、少なくとも明らかになったデータを「正確に」伝えることから逃げられない。抑制的に危機を危機として伝えるという矛盾に、日本のマスコミは引き裂かれているように見える。「マス」である限りにおいて、現状で旗幟を鮮明にすることは許されないのだ。引き裂かれた状況下で、マスコミ人自身が不安と格闘するという状況が続いている。

私たちは、「ある日突然ドラえもんを失ったのび太」のように、途方にくれている。今、私たちに必要なのは、おそらく確かなメッセージなのだと思う。誰もどうしたらいいか分からない中で、魂にがつんと来るメッセージが、経験豊富な知識人から発せられるのを私たちは待望している。「こうしろ」「ああしろ」とは誰も言えないだけに、抽象的で難解であっても、含蓄に富んだ言葉の価値が増しているはずなのだ。

哲学的、文学的、宗教的な言葉が、もっと語られてもいい。経験に基づいた人生論が発せられてもいい。こうしたことを率先して行うべき人々が、自らの不安から浮き足立っているように感じられるのは私だけだろうか。

大前氏と田原氏を知識人の代表としてとり上げたのには異論があるかもしれない。お2人とも、どちらかと言えば狭義の哲学や文学や宗教とは縁遠いタイプの知識人である。しかし、むしろリアリズムの世界に生きる人々が危機に際して語る人生論が有益である場合も多い。だが、彼らが発する言葉にはそれが感じられない。私の読解力の問題かもしれないが、単に仮説を披露し、現状を非難することに主眼がおかれているように読める。

お2人は活発に発言しているだけいい。多くの人文系知識人は、何をしているのだろう。多くの国民がかつてない不安に苛まれている時に沈黙しているとしたら、役割の放棄に近い。個人ブログ等で意見を述べている方々は多いと思われるが、悲しいかな、彼らの声が大きな響きをともなって聞こえてはこない。

強いメッセージの発信は、政治のリーダーにのみ求めるべきではない。国民の不安に乗じて台頭するカリスマ的政治家が危険な存在であろうことは、誰にでも想像がつくだろう。読者の魂をゆさぶり、生きる道を指し示す言葉、強いメッセージを提示するのは、長く「余計者」に甘んじてきた知識人の責務であるはずだ。

〔追記〕広瀬隆氏の言葉が「心を強く打つ」と書いたが、必ずしも氏のスタンスに賛同するものではない。「3・11に寄せて」(3月30日記事)で述べたとおり、反原発運動をされてきた方々の発言は、私たちの不安を代弁している側面はあるが、彼らの主張が「正しい」かどうかとは別問題である。広瀬氏の発言に込められたメッセージ性は評価に値し、多くの論者の言葉にそれが希薄なことを惜しむものの、現状においてはプラスよりマイナスの意味が勝っているという印象が強い。「心を打つ」というのは、非理性的な影響力を持つということであり、危険でもある。

2011年4月 3日 (日)

おひさま

またテレビをつけてしまった。NHKで連ドラの紹介をやっている。井上真央さんのファン(そんなに大げさなものではないけれど)ということもあって、今度は期待できるような気がする。

新連ドラ「おひさま」のテーマは、「つらいときこそ笑おう」だそうだ。舞台は昭和初期だというから、戦争が登場人物たちを翻弄するのだろう。

悲劇的状況の中でも笑いを忘れず、むしろ苦難の中でこそ笑うべきだという思想(あるいは処世術)の重要性は、とりたててつらくない時は意識に前景化されない。しかし、日常のなにげない幸福に影がさしたとき、私たちを奮い立てる。NHKが震災を予測していたわけではあるまいが、時宜にかなったテーマだと思う。

ところで、このフレーズ(「つらいときこそ笑おう」)には見覚えがある(べつに「おひさま」がパクリだというのではない)。西原理恵子さんの漫画の多くに、このテーマが伏流しているのだ。有名どころでは、初期の作品『ぼくんち』に、こういうフレーズが出てくる(第7話)。

「(ばっしー)二太、ええかあ、泣いたら世間がやさしゅうしてくれるかあっ。泣いたらハラがふくれるかあ。泣いてるヒマがあったら、笑ええっ!!(べしー)」

「ねえちゃんがあんまりなぐるんで、ぼくは鼻血がぶんぶん出た。鼻血をぶんぶん出しながら、ぼくはねえちゃんのゆうことがもっともだと思った。今日ぼくは鼻血を出しながら笑うことを覚えた。ひとつ大人になったと思う。」

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西原さんは紛争地帯や貧困地区を訪ねて、どうしようもない状況下で達観したかのように笑う大人、キラキラした笑顔をみせる子供の姿を漫画にする。でも、あくまでお笑い漫画家として、悲惨を辛気臭く描くことを拒否する。無理矢理にでも笑うことで、絶望を拒絶し、希望への手がかりをつかもうとするかのようだ。

パートナーの故・鴨志田穣さんのアルコール依存症により、家庭が破綻しかけた際も、そのメチャクチャぶりをギャグ漫画に仕立てて発表しつづけたし(『できるかな』シリーズ所収)、ベストセラー『毎日かあさん』にもその影響は色濃い。

厳しい環境で生きる世界の子供たちをオムニバスでとりあげた絵本『きみのかみさま』もいい。西原さんの神様(自分を漫画家にしてくれた「あてずっぽうの神様」)は、たぶん連ドラの「おひさま」と通底する。「あてずっぽうの神様」も太陽も、あきらめてしまいそうな状況で笑って生きるための手がかり、心のよりどころである。敬虔な信仰とは違うけれど、ピュアで、力強い。

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ここ数年、西原漫画がもてはやされ、映画化も相次いでいた。たとえば「セカチュウ」のように、いかにも泣ける(悪く言えば薄っぺらな)作品の人気が通り過ぎた後、西原ワールドに再び注目が集まった理由はなんだろうか(読者層が全く別というわけではないと思う)。うまく言えないけれど、生活実感や肉体感覚に根ざした喜怒哀楽が見直され、平板な哀しみや笑いではなく、悲しさをふまえた力強い笑いに対する再発見が進んだためではないだろうか。

これは日本社会が一定程度の成熟をむかえた証明のように思える。バブル期、「失われた十年」、21世紀の最初の10年を経る中で、子供は社会性を回復し、大人は生活実感を取り戻しつつある(人間的な生活本能の回復と言ってもいい)。阪神淡路大震災から16年をふり返っても、それなりの精神的成長を感じられるはずだ。

話が大げさになりすぎてしまったけれど、私たちは知らぬうちに、危機に耐えるための準備を済ませていたのではないかと思うのだ。精神論は、平常時にはさほど役に立たないが、ギリギリの状況に置かれたときの踏ん張りにつながる。

そして、準備の成果を発動させるキーワードこそが、「つらいときこそ笑おう」「泣くひまマがあったら笑え」である。最初は無理矢理にでも笑おう。太陽はいつも光っているし、そこらへんにいる「あてずっぽうの神様」が、きっと力になってくれると信じよう。

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