« 『戦後日本人の中国像』 | トップページ | 知識人の危機対応 »

2011年4月 3日 (日)

おひさま

またテレビをつけてしまった。NHKで連ドラの紹介をやっている。井上真央さんのファン(そんなに大げさなものではないけれど)ということもあって、今度は期待できるような気がする。

新連ドラ「おひさま」のテーマは、「つらいときこそ笑おう」だそうだ。舞台は昭和初期だというから、戦争が登場人物たちを翻弄するのだろう。

悲劇的状況の中でも笑いを忘れず、むしろ苦難の中でこそ笑うべきだという思想(あるいは処世術)の重要性は、とりたててつらくない時は意識に前景化されない。しかし、日常のなにげない幸福に影がさしたとき、私たちを奮い立てる。NHKが震災を予測していたわけではあるまいが、時宜にかなったテーマだと思う。

ところで、このフレーズ(「つらいときこそ笑おう」)には見覚えがある(べつに「おひさま」がパクリだというのではない)。西原理恵子さんの漫画の多くに、このテーマが伏流しているのだ。有名どころでは、初期の作品『ぼくんち』に、こういうフレーズが出てくる(第7話)。

「(ばっしー)二太、ええかあ、泣いたら世間がやさしゅうしてくれるかあっ。泣いたらハラがふくれるかあ。泣いてるヒマがあったら、笑ええっ!!(べしー)」

「ねえちゃんがあんまりなぐるんで、ぼくは鼻血がぶんぶん出た。鼻血をぶんぶん出しながら、ぼくはねえちゃんのゆうことがもっともだと思った。今日ぼくは鼻血を出しながら笑うことを覚えた。ひとつ大人になったと思う。」

P1000266

西原さんは紛争地帯や貧困地区を訪ねて、どうしようもない状況下で達観したかのように笑う大人、キラキラした笑顔をみせる子供の姿を漫画にする。でも、あくまでお笑い漫画家として、悲惨を辛気臭く描くことを拒否する。無理矢理にでも笑うことで、絶望を拒絶し、希望への手がかりをつかもうとするかのようだ。

パートナーの故・鴨志田穣さんのアルコール依存症により、家庭が破綻しかけた際も、そのメチャクチャぶりをギャグ漫画に仕立てて発表しつづけたし(『できるかな』シリーズ所収)、ベストセラー『毎日かあさん』にもその影響は色濃い。

厳しい環境で生きる世界の子供たちをオムニバスでとりあげた絵本『きみのかみさま』もいい。西原さんの神様(自分を漫画家にしてくれた「あてずっぽうの神様」)は、たぶん連ドラの「おひさま」と通底する。「あてずっぽうの神様」も太陽も、あきらめてしまいそうな状況で笑って生きるための手がかり、心のよりどころである。敬虔な信仰とは違うけれど、ピュアで、力強い。

P1000264

ここ数年、西原漫画がもてはやされ、映画化も相次いでいた。たとえば「セカチュウ」のように、いかにも泣ける(悪く言えば薄っぺらな)作品の人気が通り過ぎた後、西原ワールドに再び注目が集まった理由はなんだろうか(読者層が全く別というわけではないと思う)。うまく言えないけれど、生活実感や肉体感覚に根ざした喜怒哀楽が見直され、平板な哀しみや笑いではなく、悲しさをふまえた力強い笑いに対する再発見が進んだためではないだろうか。

これは日本社会が一定程度の成熟をむかえた証明のように思える。バブル期、「失われた十年」、21世紀の最初の10年を経る中で、子供は社会性を回復し、大人は生活実感を取り戻しつつある(人間的な生活本能の回復と言ってもいい)。阪神淡路大震災から16年をふり返っても、それなりの精神的成長を感じられるはずだ。

話が大げさになりすぎてしまったけれど、私たちは知らぬうちに、危機に耐えるための準備を済ませていたのではないかと思うのだ。精神論は、平常時にはさほど役に立たないが、ギリギリの状況に置かれたときの踏ん張りにつながる。

そして、準備の成果を発動させるキーワードこそが、「つらいときこそ笑おう」「泣くひまマがあったら笑え」である。最初は無理矢理にでも笑おう。太陽はいつも光っているし、そこらへんにいる「あてずっぽうの神様」が、きっと力になってくれると信じよう。

« 『戦後日本人の中国像』 | トップページ | 知識人の危機対応 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/573661/51291842

この記事へのトラックバック一覧です: おひさま:

« 『戦後日本人の中国像』 | トップページ | 知識人の危機対応 »